あなたとわたしでロッカールーム

※姑明でドーム戦最中。闘技場ベンチ裏。

 ほんのすこし前まで照明が白く輝いていたはずの廊下は暗闇に包まれ、つめたい汚れた空気を漂わせている。おもての喧騒は遠く、何層もの壁を隔てた先で、先ほどから化け物の咆哮が雷鳴のように轟いている。雨の降る直前、西の空で走る稲妻、空中いっぱいにひろがる雨の匂い。近づく嵐の前兆。
 ほんのすこし前、一年、二年。たった数年がこの国には五十年にも思える。
 控えている選手もここまでは入ってこない。暗い場所には何がいるかわからない。邪鬼がいるかもしれない。邪鬼よりも、もっとおぞましいものがひそんでいるやも。誰もが火の見える位置にいて、暗い場所までは下りてこないのが暗黙のうちにあった。新参者はそれを知らない。

「……」

 自分のものではない髪が硬いもので掻き分けられ、うなじに鼻息がかかった。くちばしで首筋に触れられると、背中がぞわぞわした。仮面の下で引きつった吐息をもらした。
 巨大な手が前置きもなく衿から内側へと入り込み、そのつめたさに声が出かけた。とっさに唇をきつく結んだ。

「……っ…」

 コンクリートの壁に左手をつき、身をよじる。動きを察した相手に背後から壁に押しつけられ、低くうめいた。右袖に入ってきた手が汗ばんだ肌を無遠慮に撫で、太い指先が義手のベルトを引っ掻いた。
 一瞬、目をきつく瞑った。

「においでわかる」

 耳のすぐそばで囁かれ、首を振った。人違いだと言ってやりたかったが近すぎた。近すぎたし、遅すぎた。義手のベルトをもてあそぶ指が脇腹へと移り、次第に下へと関心を移していく。
 呼吸が浅くなっていた。顔の真横にあるくちばしがチラチラと視界に入る。そこから覗く舌が、たまに思い出したように衿の隙間から滑りこんではこちらの首筋を舐める。熱い大きな舌で肌を舐められると、頭がぐらぐらした。
 舌は薄く、巨大で、細長い。暗闇に男の息が響く。廊下の闇は孤独にあまい。
 帯を緩められた時には、下半身にじっとりと汗をかき、男の手に下生えを触られていた。

「貴様の名を名乗れ…」

 陰毛をくすぐる手に歯をくいしばる。ぐ、と腰に押しつけられた硬いものから、布越しにも強い興奮が伝わってくる。うなじが熱い。
 義手を抜くことはできない。まだ、その時ではない。

「誰かと、間違えている」
「いいや、お前だ」
「あんたのことは知っているが…」

 かつらの下の髪が探り当てられ、舌が生え際をねっとりを舐めあげた瞬間、腰が震えた。抜けかけた腰を骨ばった手に支えられ、しっかりと抱かれる。
 廊下の先のわずかな光が、淡くにじんだ。
 性器周辺の下生えをゆっくりとなぞる手に、言葉がうまく出てこない。足に力が入らず、とうに勃起した自身の陰茎が布を押し上げている。頬が熱い。

「顔を見せろ」

 左右に首を振った。後ろから押し当てられる陰茎の先が尻のあいだをこすった。びくん、と全身が震えた。声が出た。先走りがもれたのが自分でもわかった。

「っ…ぁ、あ……!」

 股間を押さえようとした手をすかさず取られ、さらに強く後ろから性器が押しつけられる。横に逃げようともがいたが、圧倒的な体格差がこちらの退却を許さない。
 もつれあい、真っ暗な廊下に互いの足音が響いた。着物の前がはだけていた。相手の鼻息が荒かった。

「このにおいを、間違えるものか」

 強引に着物の裾を割って入ってきた陰茎が、太ももに濡れた先端を擦りつける。吐く息が闇に溶ける。

 仮面の内側はこもり、口のまわりが蒸気で湿っていた。揺さぶられると、勝手に声が出て、股間が悦びに蜜をこぼす。体が火照り、痺れきっていて、先走りが次から次へと先端からあふれ出た。

「あ、あっ、あ…」

 腰が揺れ、男の動きに合わせて繋がった場所から濡れた音が立つ。覆いかぶさる巨体の乱暴に、体がいやらしいほど反応を示しているのがわかる。
 太もものあいだから性器が抜けた感触に、体じゅうの毛穴が開く感じがした。

「ここは」

 無骨な指が尻の穴に触れた。親指がひだを伸ばし、内側がすこし空気に触れた。溜まった唾液を飲みこんだ。
 腹の奥がうずく。

「…っン…」
「あのお方のものだ」

 ふたたび、両もものあいだに性器が突き入れられ、廊下の床に這いつくばった。嬌声が消え入りそうだった。
 暗闇のなかで作られる影の下で、音と息づかいがなによりもしていることを強調していた。男と性と汚物のにおいで空気が汚れていた。自身と同じ部位とはとても思えない巨大な性器が、獣の律動にまかせて敏感な場所をすり上げていく。面の口からよだれを垂らし、両ももを犯され、無意識のうちに尻を雄の先端にこすりつけている。
 背後の男がくちばしを鳴らした。

「私のものではない…」

 腰の動きが速まり、淫らな音がより一層ひどくなった。肉がぶつかる音がさらに響いた。
 誰かの泣き声が聞こえると思った。低くかすれた男の声で、子どもじみていて、みっともなかった。自分の声だった。

「ぅあっ、あ…あッ…」

 四肢が完全に男の五体の下に入り、行き場をなくした肉体が好きなようにされて、重みと存在でとろけて、端から溶け落ちていきそうだった。暗がりの生臭さが際立った。互いの意識がここだけを静寂に切り取っていた。泣き声。五十年ぶりに聞いた。

「負けた時は、どうなるか、わからんぞ」

 きつくつかまれた尻に指が食い込んで痛かった。力の入らない左手で、後ろ手にその手に触れた。

2019.4.29

永久に自分のものにはならないのなら。