※明右側、性的描写にご注意ください。
『明一日貸出券』なるものが発行されてしまった。これを手にしたものは、そこでふてくされている宮本明その人を一日、二十四時間、自由にできる権利を得るのである! この争奪戦に参加せずにはいられない男たちが雅の屋敷に集まった。チケットは一枚。使えるのも一人分。ちなみに2名様1組ではありませんので悪しからず。
「この暇人ども」
武器を取り上げられ、することもなく、男たちの輪の中心で明はぶすっとしている。ハンカチ落としの「便所」じゃあるまいし、こんなふうに自分を囲んで屈強な男どもに座られるのは、気分がよろしくない。というか視線がやや怖い。目のやり場に困り、ますます唇を尖らせる。そういう表情をすると、途端に年相応の顔になる。
集まった参加者を前に、明の正面に座る雅が立ち上がり、手を叩いた。
「さあ、何で勝負するか」
「殺し合いだ」
すっくと立ち上がった篤が早速背中に隠し持っていた刀を抜いた。明がぎょっとする。篤の目は笑っている。
「おやおや」
「ボディチェックが甘すぎるんじゃないのか、この屋敷」
「弟がほかの男の手にわたるのが許せないか」
「弟だからじゃないさ」
「そういうことなら話がはやい」
篤の対角線上に座っていた斧神が立ち上がり、手の関節を鳴らした。武器を預けてしまっていようが、人間ひとりを殴り殺すことくらい、わけないものだ。
「明、お前の兄は、半殺し程度にしておいてやる」
「ふざけんな!」
「明、俺がいなかったから、こいつに甘えたくなっただけなんだろう。大丈夫だ、こいつがしていたことなら、俺が全部してやろう」
兄の言葉に、明は絶句した。次の瞬間、わき上がる強い羞恥にわなわなと全身を震わせた。被り物の下で意地の悪い笑みを浮かべたのは、斧神の優越感だ。明は声もなく畳に爪を立てる。し、していたことなんか、できるわけないだろう!
「ふむ、何をやっていたのか、それは俺もぜひきいておきたいところだな」
真っ赤になった好敵手の反応に、鷹揚に争いを眺めていた金剛が笑みを深くした。一日貸出券となれば、二十四時間は密室でこの男の体を好きにできるのだ。においが染みついてとれなくなるほど、愉しみを植えつけてやることができる。するべきことは決まっている。金剛には自信があった。一日あれば、十分だった。
「さて、困ったな。殺し合いではいつもと同じだ」
「雅様」
「何だ、姑獲鳥」
「提案が」
「言ってみろ」
明は不穏な気配を感じ、火花を散らす兄と親友から視線を移した。雅の耳元で、姑獲鳥が巨大なくちばしをもそもそと動かし、何事かを囁いている。
「おい、なに話してる」
「それはおもしろい」
「ありがとうございます」
「であれば……」
ヒソヒソヒソヒソ。
「無視するな!」
「明よ、券はどこにあるのだ」
「うわっ。急に近寄ってくるな」
暗黙の了解で均等に保たれていた距離を詰め、明のすぐそばまで金剛が近づいている。畳に膝をつき、明と目線を合わせた。
「券なら、俺が持ってるけど…」
「どこだ?」
「……」
無言になった明と金剛が、しばし見つめあう。金剛はつくりものの眼球の下で、あったはずの目を細めた。明にはわからない。今そこにある危機に、明はごくりとつばを飲み込んだ。
金剛の手が素早く明の衣服の下にすべりこんだ。
悲鳴があがった。
「うわああ」
明のさけび声に敏感な男たちが反応する!
「明!」
金剛の手にあちこちをまさぐられ、明は身をよじらせた。同じ混血種でも、雅や斧神とは違う。年月や経験によってできあがるいきものの手とは違う、人工的に彫り上げられた手と指の感触が、衣服のすき間や両脚のあいだに入りこんだ。
「バカッ…クソ、どこ触って…」
金剛の手が口にし難い部分をくすぐった。明の口から人前で出してはいけない声がもれた。
篤の剣先が襲いかかるよりも、金剛が避ける方が速かった。
「勝負あったな!」
部屋に充満する斧神の殺気で、雅とその息子の一人はやっと内緒話をやめた。
金剛が高々と掲げた手に握られたチケット。斧神の腕に抱かれたやけにぐったりとした明。刀の切っ先を怒りで青くさせている篤。
雅は状況を理解した。「フム」
「決着がついたようだな」
「ぶっ殺してやる」これは篤。
「そもそも、なぜ明に券をもたせたのですか」これは姑獲鳥。
「私が持っていては公平ではなかろう」
雅が笑い声をあげた。意外と骨張っている長い指で、懐から取り出した扇子を広げた。そもそも、私にはそのような権利はいらぬ。欲しければ欲しい時に、男のうなじを引き寄せればすべて足りる。
「権利を行使するがいい、金剛」
地底から響いてくるような低い声が山羊の口から発された。
「覚悟はあるか」
腕の中の明が斧神の抱きしめる力の強さにうめいた。上腕の筋肉が張りつめている。離す気がない。
「おっと、お前とやりあう気はないぞ。貸出券は雅様の御墨付きだ」
「まだ終わりではない」
「何?」
「なぜなら、」
斧神が躊躇いもなく兜を脱ぎ捨てた。昼日中の室内で、ごく少数の者にしかさらされていないはずの素顔があらわになった。姑獲鳥の無感情な眼球が一気に黒みを増した。その醜く崩れた頭部を凝視した。それはまぎれもなく、血を混ぜた者の証しである。
斧神は素早かった。
驚きに声をなくした明の口に、縦に割れた大きな口ひだが吸いついた。
篤の手から刀が落ちた。
「ンーッ!!」
猛然と暴れだす明を押さえこみ、斧神はあたたかい口のなかをかき回す。明の手が斧神の腕にきつく食いこんだ。構う様子もなく斧神が角度を深くした。肉厚な舌が逃げる舌を追いかけ、からめとり、卑猥に愛撫するあいだも、ずっと明は親友を呼び続けていた。声はすき間から唾液と一緒にあふれて、止まらなかった。酸い、甘い、粘っこい唾液の味。
斧神はこの味がたまらなく好きだ。目の前の男の口内で味わう、この味を、たぶん死んでも恋しく思う。
唇を解放された明は、すっかり腰が抜けている。
「なぜなら、」
明の口からたれ落ちた唾液を、斧神の人差し指がすくってみせた。
「貸出券の有効化には、こいつの唾液が必要だ」
金剛はチケットを見下ろした。つまり……
誰もなにも言わなかった。
「……なるほど。リトマス試験紙式というわけだな」
「理科の実験のようで、おもしろいだろう?」
久遠の微笑をたたえ、雅だけが愉快そうに肘置きに寄りかかる。これでも精液と唾液、どちらを使うかずいぶん悩んだのだ。
篤が明確な殺意を持って刀をひろいあげるまであと二秒あるが、これはルール無用の残虐ファイトなので、誰かが消えるまで戦いは続く。明の泣き虫がべそをかいても、屋敷内が戦場と化そうとも……
「もう帰してくれ……」
続く!
2018.7.23
続かないし貸出券はたぶん醜い争いの末に物理的にズタズタになる。