そもそもはじめから奇妙でとんちんかんな夢だったのだ。
とても人に話すことのできない内容のその夢の中ですべてにおいて共通することは、夢に出てくる男はいつも必ず同じ男だということだった。
男は俺もよく知っている相手で、およそそういった夢とは無縁な感じのストイックな性質をしていたから、夢を見始めたばかりの頃は眠りから目覚めるとなんとも言えない複雑な気分になることも多かった。その上、寝起きの自分の下半身が男の生理現象なんかを起こしていたりすると、あくまで夢であるとわかっていても、頭を抱え、決して小さくはない罪悪感に悩まされたりもした。
俺はわからなかった。そんなことは、したことがない。行為というよりも、奴とそのようなことは当たり前だが、したこともなければ考えたことがない。考えるわけもない。何しろ相手が相手だ。ううん、恥ずかしい。
夢だというからには、なんらかの潜在意識が関係しているのだろうかと悩んでみたこともある。それでも突き詰めて考えてみた結果、実際のところ、よくわからないというのが一番の答えだ。当たり前だ。どんな関わりを持てるかというほど、俺と奴との間にはあまり選択肢がないのだから。
俺があの男に何を求めているというのだろう。一体全体わけがわからん。欲求不満、という言葉が頭の中でちらつくがその線は絶対にないと思いたいぞ。
まあ、所詮ただの夢だと、割り切ってしまえばいいことではあった。割り切るには非常に難しい相手ではあるが、こんなことは結局のところ誰にも言えやしない。夢に惑わされて振り回す刀の切っ先が鈍っても、それはそれで馬鹿馬鹿しいことだ。
そんなふうに、奇妙で迷惑な夢にしばらくウンウンと悩まされる日々が続いた末、ある日唐突にすべてがどうでもよくなった。
(知らん。どうせ夢だ)
俺がどれだけみっともない姿をさらそうが、男としての矜持を投げ出そうが、所詮は夢であるのだ。夢なんてすぐに忘れてしまえばいい。夢なんてみんなそんなもんだ。
その晩も寝床に入り、仲間たちに囲まれた部屋で俺もおとなしく眠りについた。
翌朝、目を覚ますなり、ふらつきながらすぐに布団から這い出た。
かなり早い時刻だと思え、周りの仲間たちを起こさないように与えられた部屋を出て、よろよろとおぼつかない足取りで便所まで向かう。心臓が激しく鳴っていた。起きたばかりなのに息切れしている。
壁に手をついて廊下をなんとか進み、たどり着いた便所の戸を開けて、中にこもった。戸を閉めると同時に、こらえきれずに熱っぽい息を吐き出す。壁に寄りかかって、性急な手つきでズボンを緩めた。股間が痛いほどに勃起していた。
「何なんだよ…」
困惑しきった頭で、無意識のうちに口から呟きがこぼれた。性器の先端からにじみ出た先走りが下着の前を濡らしていた。
手を伸ばし、下着の上からそっとそこに触れてみる。先端に触れた瞬間、電気が走ったかのように全身がビリビリした。首から頬にかけて鳥肌がたった。
「ッ…」
つい今さっきまで性行為を行なっていたのかと思うぐらいに、下半身が熱く滾って落ち着かず、もどかしさが身体の芯に残って、息をするのも難しいほどに興奮していた。
狭い便所の小窓から白い朝の光が注ぐ中、硬く勃ち上がった自身を両手で一心不乱に擦る。唾で濡らした手のひらで陰茎をこすると、ヌチャヌチャと音がして、頭の中が桃色に霞みがかって目の奥が熱くなった。夢の内容を思い返しながら和式便器の中に精を放った。
気がついたら、肩で息をしていた。
ふざけたことだ。
夢から醒めた俺は軽い怒りを覚え、どこにぶつけたらいいかわからない憤りを素振りで発散させていたが、なぜこうも自分が奇妙きてれつな目にあっているのかがまったく理解できなかった。夢は毎夜ではない。それが余計に腹立たしかった。余韻が落ち着いた頃にやってきては、夢はいたずらに俺を苦しめる。
仲間たちが俺の様子を気にして、話を聞くと言ってくれた。非常に有難いのだが、まさかそのまま伝えるわけにもいかない為、なるべく言葉を選んで話す。
「最近よくみる悪夢があって」
「悪夢?」
「男がこう、のしかかってきて、それがすげえ重たくって…、息苦しくてさ、起きたら息切れしてんだ」
「なにそれ、怖いよ。普通に怖い話じゃん…」
ユキが怯えた表情で言った。いや、たしかにこわいといったらこわい話なんだが。
「まあ、夢なんだけどね」
腕組みをした加藤がウンウンとうなずき、はにかむ俺を見てニカッと笑った。
「なるほどな。それが頭にきてるってことか」
「ごめんな。たいしたことじゃないんだ」
「いや、頭にくるのもわかる。そいつ、明の安眠を邪魔してんだぜ」
言われてみれば、たしかに安眠は妨げられているかもしれない。しかし、実際のところ、朝起きたら夢精していることもあり、そういった時は、非常に不本意ではあるが身体がすっきりと軽くなっていることもあった。
ただしそんなことは言えるわけもないので、黙っていると、悪夢対策を語る加藤とユキを前に、西山がすぐ隣に近寄ってきた。俺は前を向いたまま、黙っていた。眼鏡越しの視線を感じた。
「お前、それ本当に悪夢か」
「……なんで?」
抑揚のない声に聞こえるよう努めた。幼なじみが物言いたげな表情をしていることがわかる。
「同じ部屋で寝ているんだからさ、気づかないほど馬鹿でもない」
「…変なこと言ってるか、俺」
「変なことっていうか…、……いや、いい」
西山の顔を見た。
「なんだよ、ハッキリ言え」
問い詰めたが、口元に手を当てて、西山はそれきり黙ってしまった。その目もとが少しばかり赤くなっていて、俺ともう目を合わせようとはしなかったので、何となく俺も口を噤んで静かにすることにした。
夢の中で起きていることは、目を覆いたくなるような淫らさと、性的興奮に満ちあふれている。もうきっと終わるに違いない、夢はここまで、ここまでと思っていたら、予想を外してその境界が引き延ばされる。臆病さを見透かされたように眠りを好き勝手に操られて、腹立たしい事この上ない。
夢の中では現実のことなんか忘れている。夢の中では夢が現実だと思っている。今この瞬間、誰が俺を操作しているのかもわからない。俺ではない。絶対に俺ではないはずだ。
(あんな、俺にはあんなことは、とてもじゃないが)
夢から醒めると、夢精によって下着が汚れている。奥歯を噛み締め、誰にも見つからないよう、早朝から風呂場の水道で下着を洗う自分の姿が一番頭にくる。いっそノーパンで眠ってやろうか。
同じ男ばかりが夢に現れるから、本当に困る。最も恐ろしいのは、もとからくっきりと見えていた男の姿が、だんだんと言葉も喋るようになってきたことだ。信じがたいことに、交わっている最中に名前を呼ばれ、夢の中だというのに頭をガツンと殴られたような気がした。
「は…、え、は?」
混乱した頭で、背後からのしかかる体の大きな男を肩越しに見上げた。相変わらず、自分が操作していないような、少し上から全体を見るような感じがした。構わない様子で、男が獣のように密着した下半身を乱暴に揺すった。
「あッ、ぁ、あ」
這いつくばり、嬌声を上げて快感に腰をくねらせた。その腰回りを片手で押さえつけ、再び男が腰を大きく打ちつけてくる。ぞくぞくと下肢から甘い痺れがまっすぐ顎まで駆け抜ける。
「あぁぁっ…」
いつのまにか俺が股の間に挟んでいた、夢のたびに大きさを主張してくる陰茎が、俺の玉袋や陰茎を下から突き上げ、遠慮なしに擦り上げていく。擦り上げては後ろに抜かれ、また突かれる。動きに合わせて体が激しく揺さぶられる。肉がぶつかる音がする。
「んっ、ンッ、ひ、んぅっ」
まるで巨大な肉食獣に犯されているかのように、押さえつけられ、重みで体が圧迫される。後ろから突かれ、息苦しく、ひどく屈辱的な体勢で犯されているにも関わらず、腰を揺すられると、頭がきゅうっと締め付けられる心地がした。
ハァッ、ハァッ、と荒い息づかいが、自分のものなのか、背後のこの男のものなのか、うまく判別がつかなかった。あたりに漂う獣の匂いと精の香りで、頭がクラクラした。快感で頭が馬鹿になりそうだ。
それでも、先ほどの単語は聞き逃すことができなかった。
「ぁんッ、ん、おまえ、さっき、ぁっ、あっ」
聞きたがっていることを見透かしたように、男の動きは激しさを増し、ますます強く腕の中に抱き込まれる。腰を奥へ、奥へと突き込まれ、両の腿がぶるぶると震えた。交わる下肢がとろけて、無くなりそうなほどに甘く、目尻に溜まった涙がちぎれた。
「おのがみっ、お前、そこにいるのか…ッ」
舌がうまく回らない。腰を片腕で抱え込まれる。さらにくっついた箇所をグリグリと擦られ、たまらずに身悶えし、甘い悲鳴をこぼした。
「やめて、くれっ、やら、あっ、ひんっ…」
ごつごつとした無骨な手が、俺の下で先走りを垂らす陰茎を握った。夢の中だとは思えないほど、リアルな感触だった。ぬるついた先っぽをこする指に、泣きながら男の名前を繰り返し呼んだ。
擦られながら後ろから突かれると、もう駄目だった。
長い夢から目を覚まし、上半身を起こせば、また息切れを起こしている。起き上がろうとすると、奇妙なことに腰が抜けて立てなかった。
視線を感じて顔を動かす。隣で眠る西山の目が開いていた。
「……明、誰と夢をみているんだ」
2016.11.6
(夢の共有化)