ひとりぼっちの告別式

 かたい地面を石で掘った。何度も尖った石を土に突きさし、最後の方は手を使った。指先の感覚が薄れ、爪が割れ、皮膚が破けてそこから血がにじみ出た。死体を埋められるほどの穴が出来上がるまでにかなりの時間がかかったが、それは自分にとって、何十年にも感じられるほどの時間に思えた。ほんとうは一、二時間程度の出来事だった。
 掘った穴に友だちを落として、土をかぶせて埋めた。手にすくった土を、亡骸の上にかけて見えなくした。欠け損じた体がかなしかった。涙も、声も出なかった。ただ友だちとまた話したかった。あと一度でいいから、そうしたかった。

 斧神が息をひきとる前に言った言葉が小さすぎて聞き取れなかった。近くに膝をついて、冷たくなっていく友だちの肩に手をおいて、相手の口もとまで耳を寄せたが、間に合わなかった。男は息をするのをやめ、自分の返事を待たずに、死んでいた。間に合わなかった。

(いつも退場するのは、おまえが先だ)

 男の肩に触れた手をかたく握りしめ、こぶしを作った。

 こぶしを頭上に振り上げる。

 振り上げた腕が震えた。心臓が刺すような痛みに襲われた。

(俺だけ残して)

 心臓の痛みは続いた。その痛みはずっと続いた。どの傷よりも痛んだ。

 振り上げた腕を力なくおろし、ひざの上に手をおいた。腕に力が入らなかった。
 刀を持たずにいる自分を、だれも見つけはしなかった。
 争いは遠く離れていた。自分と、男だけがこんなに静かでいるのは、少しばかりおかしいとも思った。血のにおいが鼻にこびりついていつまでもとれない。
 指の腹で、開いたままのうつろな目にまぶたを下ろしてやると、男の目のふちに溜まっていた涙がこぼれ、透明な雫が皮膚の上を伝った。

 墓のたもとに死体を埋めたら、掘り返されて色の変わった地面だけが残った。二人から、一人になった。

 友だちは両親のもとにいったのだと考えたかったが、さびしくて仕方がなかった。納得ができずにいた。何に納得がいかないのかもよくわからないまま、両手で顔を覆った。
 たまらなかった。
 言葉にならないうなり声をあげて屈み込む。

「別れぐらい……」

 自分の声が途中で消え失せて、続きが言えなかった。
 地面に伏せてうめく自分の唇が、声もなく友だちの呼び名の形に動いて、相手を呼び戻そうとした。意味などなかった。もう一度だけ会いたいとただ願うだけだ。

 慣れる日がくるのだろうか。
 時間が経てば、この心臓の痛みも、過去を思い出すことも忘れて、いつかこんな事を平気に思える日がやってくるのだろうか。自分の手で殺した友だちの事も、大切だと想う気持ちも、かなしかった全部をよかった想い出として、笑える日が、自分にもやってくるのだろうか。

(幕はおりない)

 視界に映る墓石が歪んだ。声が出た。
 両腕で自分の体を抱きしめ、地面に額をこすりつける。

(さよならだけが)

「人生か…?」

 相手がもうここにはいない。その事実が心に重くのしかかり、呼吸をどこまでもしづらくさせる。

 いくら呼んでもここにはいない友だちの事を、いつまでも考える。

 せめて男が自分の人生を、望むべき場所で終わらせることが出来たのだとすれば、それが友への餞となったに違いない。
 残された自分は黙りこんで墓石を見つめていた。
 足音が近づいてくるまで、そうしていた。

 あと一度でいいから、話したい。

(話をさせろ)

2017.2.12