※雅明、斧明Rー18。初っ端からの性描写にご注意ください。
唇が離れている時間のほうが少なくなっていくのが怖かった。
口を解放されると、一気に息を吸い込んで、自分の体が新鮮な酸素を取り込もうとする。激しく収縮する肺が痛みに襲われ、胸が短い間隔で小刻みに上下した。舌を抜かれているのに、口のなかにまだ異物が残っている感じがあった。口を閉じることができずに、開けっぱなしの口から唾液が下唇を離れ、ゆっくりと線になってしたたり落ちた。それが真下にいる男の喉仏のあたりに着地する。
思考が霞がかかって、うまくものが考えられない。顔が熱くて頭が重い。
「あ…あっ……」
がくん、と揺さぶられ、強く脇を締めた。縛られた両手が本能的に胸の前にくる。身を守ろうとする無意識が、肩を縮こませる。
背後のほうの男は容赦しない。
浮きかけた腰に押しつけられた熱が、ひくつくそこに触れた。巨大で凶暴で、触れられただけで、下腹が痺れるほど期待した。
「…なんという顔だ」
下から囁かれる声が耳を通りぬけていく。視線がさまよい、部屋の角にたまる濃い闇を経て、真下の白い顔を捉えた。行灯の光を受け、赤い眼が白いまぶたの下でにぶく輝いている。半分ほど閉じられかけた両目が、自身の体の上に乗った俺を見ている。
雅の視線は逸らされない。
「すっかり、気に入りのようだな」
口が開いた。開いた口から声が出た。部屋じゅうに自分の声が響いた。
体が前へと倒れていた。
「あ、ぁひ…」
びく、びくん、と体が震えた。視界が影で覆われる。シーツも、自分の下にいる男も、自分も、大きな影の下に入った。全身の毛穴から汗が噴き出すのがわかった。雅の腕が背中に回された。
焼けるような熱が肉をこすりあげつつ、体内へと侵入してくる。
「あーっ…」
大きすぎる陰茎によって尻の穴がこじ開けられる、じわじわとひろげられていく感覚に、拘束された両手の指で目の前の白い喉を掻いた。肩に雅の鼻が埋められた。なまぬるい息がかかった。
行灯の明かりがまぶしい。
裸の胸と胸が重なり、自身の性器が同じくむき出しの男の股間に押し当たっていた。相手の下生えが勃ちきった性器の先にこすれて、男の抱きしめる力が増した。両脚のあいだに男の骨ばった脚があり、心臓の鼓動がわかるほど体が密着していた。香と男のにおいが鼻の奥に充満していた。
両手の指が求めているものは刀なんだと、気づいたのに、すぐそばにあるのは、白い喉だというのに。
「はぁ…っ…あっ…く…」
無意識のうちに腰が前後に揺れていた。慎重に埋められる性器に、内壁が吸いついていくのを感じる。催促するように揺れる腰を後ろの男の両手に固定され、じれったくて涙がにじんだ。
雅の手が緩やかにうなじに添えられた。
「あまり、焦らしてやるな」
「…はい」
乾いた手が髪の生え際を撫でていくのに、反射的に目をつむる。きゅう、と親友の陰茎を締めつけた。唇がわなないた。髪の毛を梳く手の感触が、後頭部全体を撫で続けている。
分泌される体液が結合部からもれて、自身の内ももを伝った。背後の目玉に見られているのを意識した。見られるほどに、頭がじんじんして、脈が速くなる。どうしようもないほどに、男を感じて、濡れている。
目を開けた先に、こちらを見つめる男の白い顔があった。
「畜生ども……」
正面から口を塞がれた瞬間、出っ張った部分に感じやすい場所をこすりあげられ、全身が痙攣した。
体が激しく揺すられはじめ、奥を愛される感触に嬌声をあげた。それも全部が飲み込まれていった。口内を搔きまわす雅の舌に、巻きとられるようにして舌の自由を奪われる。唾液を吸い上げられ、合わさる唇が、執拗になにかを追い求めている。おそらくそれは、俺の持ち物には、ないもののはずだった。
(駄目だ)
自分がおかしくなりつつあるのを理解していた。斧神が同じ場所を責め立てる。男に合わせて腰が揺れるのを止められなかった。下半身を揺すり、挿入された陰茎が肉とこすれて、ひどい音を立てるのも構わなかった。
毎晩のように受け入れさせられている内側が、今日も待ちわびたと、悦んで男の存在を奥へ、奥へと誘い込む。濡れそぼったそこに、慕わしい男のかたちを感じる。親友の性器で快楽を貪り、仇敵と舌を交わらせ、触られてもない性器を勃起させている。
少しのあいだ、口を解放された。
雅の唇が離れた途端、自分の口から唾液のかたまりがこぼれおちた。
「良いのなら、素直にそう言ってごらん」
口まわりの筋肉が麻痺したみたく、口が閉まらなかった。白い指に口もとをぬぐわれ、首を振ろうとした。実際は頭がわずかに動いただけだった。
細められた目が、答えを待っている。
「ン……?」
肉欲でとろけきったからだが、愛してくれと訴える。ここをひらいて、思う存分突いてくれと、注いでくれと欲しがる。酸い、あまい唾液の味が、喉にこびりついて離れない。
「…明」
友の声が裸の背に浸透する。独特のこのかすれ声が、あの裂け目から出されている。熱くて、ぬるついたあの裂け目が。
「…たばれ……」
雨が降る直前にも似たにおいが室内に満ちている。行灯の火によって部屋の隅に追いやられた夜の闇が、黙って様子をうかがっている。
手のひらがかたい鎖骨に触れていた。その肌が汗で湿っていた。目に入った喉仏が、自分のものよりもわずかに尖っている。
手首にきつく食いこむ縄の痛みが、これが現実だと教えている。
「くたばれッ、くたばれ…、ッあ、あっあ」
乱暴に貫かれ、最奥にぶつかると同時に達していた。射精しながら、責めを止めない親友の性器を食いしめ、雅の胸によだれをたらしてあえいだ。くつろいだ笑い声が頭上でした。
「可愛い奴よ、どうする気だ」
「あっ、あっ、ぁひっ」
とろけた性器を下の男の股間にこすりつけ、腰を揺すりあげた。精液があふれて止まらない。逃がすまいとつかまれた胴体ごと、激しく突き上げられて泣き声をあげた。快感の域を超えて、暴力だった。
「雌にされてしまうぞ」
ほとばしった嗚咽が自身のものでないようだった。情けなくて、みっともない、臆病な声がまぎれもなく自分の口から出ていた。
身につけたはずの強さが、強さだと思っていたものが、片っ端から力ずくで剥ぎとられていく。引きちぎられたものが周囲に散らばる。その中心に、裸になった自分がいる。
縛られた両手を、拳のかたちで勢いよく振り上げた。
真下の男に振り下ろす前に、後ろから覆いかぶさってきた巨漢にそれを阻まれた。
流れ出る涙が頬を離れ、雅の顔に落ちた。男はまばたきをしなかった。
「やらせてやれ」
雅が言った。
「……きけません」
斧神の手に、血のにじんだ手首がまとめて握られていた。食いこむ縄に染み込んだ血のにおいが、鼻先に漂っていた。
「ひ、ひっ…ぅ…うっ…」
ぐにゃぐにゃの視界で身をよじった。体を動かそうと、どこにも行き場はない。どちらの男の腕に抱かれているのかもわからない。三つの生き物が重なり、徐々にひとつのいびつなかたまりになっていくのが、変わっていくのが、ただただ苦しかった。
胸がいっぱいになるほどつらかった。
唇を割りひらく舌は熱く、湿って、いたわりに満ちていた。じっくりと口内を愛撫する薄い舌を、幾度夢のなかで咬みちぎっただろう。一体、いつになったら、この牙は俺を殺すのだろう。
それしか、残されていないのに。
「好きにしていい」
燃えさかる吐息が唇にかかる。
「すべては、お前のものだ」
泣きじゃくるあいだ、自分よりも少しだけ大きい手が、無言で髪を撫でていた。親友の精が繋がったままの隙間からあふれ出し、潰され果てた心臓で、ようやくここが行き場なんだと気づいた。
2019.2.27
この上司と部下サンドで明を挟むのがひそかな夢でした。