2017年12月に発行した3攻め明本のweb再録。雅軍に捕まった明が攻め3人に可愛がられるすけべ。篤、斧神、明の3人は3Pしてます。初同人誌でした。当時は彼岸島にここまで狂い続けるとはおもっていなかった。このときに勇気づけられて今も本がだせているなとおもいます。
※性的描写にご注意ください。軽い飲尿描写も含みます。
背後で襖が閉められた瞬間に、部屋に近づくごとに人気がなくなっていった理由がわかった。誰も近寄りたくも、見たくも、漏れ聞こえる音さえも耳にしたくなかったに違いない。俺だってそうだ。
吸血鬼が逃げるように立ち去って行く足音を背中に聞きつつ、襖の内側で立ち尽くす俺に、声をかけたのは正面奥に座る男だった。肘置きに寄りかかり、取り残されたようになっている俺を見上げる。
室内は重苦しい空気に満たされている。
「こっちにおいで」
白い手をちょいちょいと動かし、雅が言った。
何も答えず、そこから動かずにいた。黙っていた。
裸足で踏む畳がひんやりする。十六畳はある部屋の隅で、行灯が薄ぼんやりと室内をオレンジ色に明るくしている。部屋の隅で夜の気配が暗がりと同化している。明るい場所と、暗い場所の対比が強い。
畳に影ができており、その影がかすかに揺れていた。
影は複数ある。
心臓の鼓動は普段よりも激しかったが、丸腰だろうと従う理由はない。もはや言うことを聞く義理も、ない。
男は首を振って笑った。
「そんな顔をするな」
無意識のうちに足が動き、背後の襖にかかとが当たった。
雅が、相手からは左手側に座る俺の兄を見た。兄は何も言わずに正座していた。
「篤」
マスクで覆われた口元は動かない。
雅が首を傾け、兄の顔を見つめた。白い髪がそれよりも白い頬にかかった。
兄は黙っている。
口の中に唾が溜まる。
見られているのは自分ではない。それなのに、得体の知れない感じがする。細められた目もとに寒気がする。
「弟を、少し、こっちへ呼んでごらん」
「…」
「ン?」
雅がさらに目を細めた。
兄が畳に拳をつき、正座した膝の向きを俺の方へとずらして変えた。部屋に入ってから、そこで初めて兄が俺のことを見た。
「明」
口内に溜まった唾液を飲み込んだ。ごくりと音がした。
左手の障子も、右手の襖も閉め切られていた。眼鏡の奥の兄の目が両足を開いて立つ俺を見上げていた。背後の襖を蹴り倒すのはすぐだが、そんなことをしても無駄であることはわかりきっている。雅の右手、俺から見て左側には斧神がいる。
斧神がいるのだ。
「明、来い」
兄が自分の隣を手で示した。
その席の前方には、障子を背に山羊の頭をした大男が正座している。
心臓の音がうるさい。
「何で…?」
拳を握りしめ、呟いた。俯き、背筋をこわばらせ、どこも見るまいと努めた。
三つぶんの視線を感じる。
「黙って俺の言うことをきけ」
首を振った。前髪が揺れた。かかとが背後の襖をこすった。
「明」
兄の声が低く、頭の中に響き渡る。拳をますます強く握りしめた。自分のつま先を見つめ続ける。
目の前に座るこの三頭の吸血鬼を相手に、素手で戦えると考えるほど、俺も楽観的ではない。
「いつ、殺す」
突然立ち上がった斧神の手が伸びてきて、とっさにその手を避けた。勢いで襖に肩をぶつけてよろめいた。顔を向けた。こちらへ手を伸ばした姿勢のまま、斧神が止まっていた。
心臓が激しく鳴っていた。
獣の無感情な眼が俺のことを見ていた。
「殺すはずがあるまい」
雅がゆったりと肘置きについた手にあごを乗せた。楽しげな声だった。
自分の呼吸は乱れ、全身が震えに支配されていた。片手でもう片方の腕を握った。
怖かった。
斧神が俺を見つめ続ける。兄の視線と、雅の不気味なほどに愉快げな目つきが、自分の恐怖心をさらに煽る。
目をつむりたいのに、怖くてできない。
自分は恐怖を表に出すべきではない。自分だけは、恐怖しては、ならない。何ものも恐れてはならない。
宮本明は。
震えを止めようと、腕を握る五指に力を入れる。体はこの場から逃げたいと言う。
「怖いか」
耳障りな笑い声が耳に響く。
「うっかり、しめ殺してしまうかもしれんからな」
取り扱いには注意が必要だ。
「はい」
斧神が答えた。座らずにその場に立っている。いともたやすく骨を砕く巨大な手を、体の横に垂らしている。
喉が震えた。
「どうして、俺なんだ」
体の前に手を差し出した仇と目があった。
息を吸って吐くことすら、苦しい。呼吸が浅い。冷や汗がにじんでいた。何か自分にできることはないかと模索しているのに、何も見つからない。何も思いつかない。
胸が膨らんだ。
「俺は、貴様らを、殺す」
三頭のけものがこちらを見ている。自分の拳が震え続ける。
死への恐怖が体に虫食い穴を開けていく。
今さら命が惜しいなどと、思う道理はない。
「きっと、殺す…」
白い髪の毛が赤と橙色に燃えているようだった。雅の背後にある行灯の光だけがただ一つの光源であった。
幾百もの化け物を従える親玉が、今まさに、自身の目の前にいるのに。
襖に手をついた。
「それは楽しみだ」
前方によろめきかける。思わず足を踏ん張らせ、戸に手をかけた。体重がかかり、襖がみしりと軋む。
「それでこそ」
兄の眼鏡の奥の目が瞬きをした。それが見えた。
片手で胸を押さえた。
大きく息を吸った。呼吸が速かった。
「私の男だ」
目をきつくつむった。心臓だけがやたらどくどくと脈打ち、胸が短い間隔で上下した。激しい運動をした直後のように、息が上がっていた。
左胸にシャツの上から手を当てたまま、襖に肩からぶつかった。戸が外れ、派手な音を立てて隣の部屋に襖ごと倒れ込んだ。
視界がぐらりと回る。
笛のような息が喉からこぼれた。
「誰が…てめえの、男だって…?」
舌がもつれた。
体を引きずり、身を起こそうとするも、力が入らない。曲げた指が襖に穴を開けた。体に染みついた習性が、逃げ道を目で確認しようとする。
隣室にも人の気配はない。
しかし、目から受けとる情報は頭の中にとどまらず、通り過ぎていく。
手が畳に触れた。
「きさまら…」
腕と足を使い、腹ばいで前へ進もうとした。畳に触れた指が自分のものではないようだった。
後ろで立ち上がる気配がした。
腕に力を入れるも、関節ががくがくと震えた。
「クソッ……!」
後ろで笑い声が上がった。
「どうしてそう、お前は、素直なんだろうな」
男の声は笑いを含んでひどく甘ったるかった。
荒い呼吸を繰り返し、必死で畳の上を這いずる。
右手の爪が畳を引っ掻いた。
腹の底が熱い。
体の横を通り過ぎた二本の足が視界を塞いだ。
「明」
行く手を遮られ、進む方向を変える。
変えた先で、今度は違う二本の足が立ち塞がった。
喉がへばりつく。
逆方向へと向きを変えようとした。変える前に、上着の襟首をつかまれ、引きずるようにして立たされる。
「やめろ」
唸るような兄の声がした。
自力で立つことが出来なかった。それを知っているように、斧神の手が俺の首根っこをつかんだままでいた。
「ころせ…」
口にした言葉は、囁くほどの音量にしかならなかった。それでもその場の全員に届いた。足音もなく近寄ってきた男が、非常に近くまでこちらに顔を寄せた。
顔を背けると、首をつかむ背後の男の手に力が入る。
「お前のことが」
細長い指が汗ではりついた俺の前髪をかき上げる。
「欲しくて欲しくて」
赤い口が耳まで裂ける。鋭い牙に、喉元まで出かけた悲鳴をこらえた。
恐怖はむき出しの自分を揺さぶった。
「夢にまで出てくる始末だ」
持ち上げられていることで、目線が全く一緒の位置にいた。一対の目と目が、赤と黒が、互いの存在を見つめあっている。
牙が唾液で濡れていた。
「なあ、明よ」
耐えきれずに首を横に振った。振るのをやめなかった。
伸びてきた手にあごを掴まれ、喜色満面の仇敵は、至近距離から俺を見た。
「手に入れるまでが、楽しい男だと思うか」
私を、そうだと思うか。
完全に立つ力をなくし、その場にへたり込みかけた体を、後ろから太い腕に抱かれた。
親友の腕に両手でしがみついた。
雅が微笑んだ。