【Web再録】悪夢(六)

 寝顔を見飽きることはない。何時間でも、その顔を見続けていられた。特別美しくもなく、整っているわけでもない。何がここまで自分の心とやらをつかんで離さないのか、手に入ればその正体が少しはわかるのだと思っていたが、結局のところ、私にはとんと理解ができなかった。その不可解さが愉快だった。
 布団の上に仰向けで横たわる男の顔を、指の腹でくすぐった。爪で傷つけることのないように。何度か繰り返してみると、男のまぶたがピクリと動く。夢を見ているのかもしれない。
 撫でた頬には涙の跡の感触がある。
「そこにいるのか?」
 問いかけた私の声に、やや遅れて、襖の向こう側で動く気配があった。
 膝に手をつき、裸のままで立ち上がる。
 夜の光は障子の薄紙を通して部屋を明るくしていた。寒くも、暑くもなく、ちょうど良い夜だった。何の不足もなかった。敷かれた布団に自分の影が落ちていた。その上で眠る無数の傷痕のついた明の裸体は、殺風景な部屋で生き物の存在を感じさせた。疲弊した様子でも、その肉体と肌は自分の目に眩しかった。
 飽きる日が来るのだろうか。
「何も言わなくていい」
 言葉の気配に、明がわずかに体を動かす。呼吸で静かに胸が上下していた。その下に流れる血の味よりも、男の唾液の味を思った。
 部屋に漂う、明の匂い、息づかい、気配、すべてが自分の渇いた器を満たす。何かが満たされていく。
 寝顔を見下ろし、襖の向こうにいるはずの部下に言った。
「明が起きる」
 襖の向こうの気配が消えた後は、長々と男の顔を眺めた。夜が明けるまで、いつまでもそうしていた。