梅雨入りしましたね

※謎時系列。

「暑い…見ているだけで暑い…」
「慣れれば、ないと落ち着かんものだよ」

 うめき声を発し、明は濡れ縁から部屋の中へと引っ込んだ。真昼の日の光から逃れるように畳の上にごろりと横になる。周囲の襖をすべて開け放っており、顔を横に向けると、六月の日差しに映える庭が見えた。
 その隣に雅が座る。きっちりと整えられた首元を緩めることなく、タキシードの裾を少し浮かせて、あぐらをかいた。
 明はチラッと白い横顔を見上げた。見ているだけで、暑苦しいったらない。

「どうしてこの屋敷にはエアコンがないんだ。熱中症になっちまう」
「えあこん…?」
「空調設備のことです」

 廊下から現れた斧神が言った。ここにも暑苦しい男がいた。小さくつぶやいた明の声に山羊は無反応だった。茶托に載った湯のみを雅に渡した。大きな手の中でおもちゃのようにも見えた湯のみが、雅の手に渡ると途端に現実的サイズになる。

「それ、何が入ってんだ」

 気のせいか。俺には、その湯のみから湯気が立っているように、見えるんだが。

「お前も飲めば涼しくなる」
「斧神、麦茶くれ。キンキンに冷えたのを頼む」
「ない。茶を飲め。お前のぶんもある」
「なんでだよ…なんでなんだよ…この吸血鬼ども…」
「暑い日にこそ、熱いものを口にする」

 優美な口が音を立てずに茶をすすった。

「臓器を冷やさないことだ」
「お前ら、そんなところに気をつかう必要、ないだろ」

 雅は微笑んだ。至極もっともな指摘である。

 青くさい緑の匂いに、山羊の鼻が軽く持ち上がる。よい風が部屋の中を通り抜けていった。正午の時間はひどくゆっくりと進む。
 明は寝そべったまま、汗で額にはりついた前髪をかきあげた。汗は乾きはじめている。

「まだ誰かくんの…?」

 兜を脱がない斧神を見上げた。山羊の首が動き、明を見下ろした。シャツを胸までまくりあげ、あらわになった腹を手であおいでいる。
 残った湯のみがひとつぶん、茶托の上にまだある。

「腹をしまえ」

 斧神が言った。
 ほぼ同じタイミングで廊下から足音が近づいてきた。大きな声がした。

「宮本明ー」

 明は素早かった。立ち上がって、濡れ縁から庭へと飛び出した。

「明よ、来ているのなら、なぜ俺に声をかけん」

 金剛が柱の角から姿を現した。手に金剛杵を持っていた。ボスと同輩しかいない部屋を見おろし、右に首を傾けた。

「雅様」
「逃げられたな」
「斧神、なぜ捕まえておかんのだ」
「…なぜ俺がお前のために?」
「融通のきかん男だな」

 指導者のおおらかな笑い声が響く隣で、斧神は静かに膝に手を置いている。

「おい、どこに行った」

 庭へとおりた金剛が茂みをかき分けているのを横目に、雅は口角を上げて部下に尋ねた。

「この茶は誰に出したのだ」

 そうと見えないようにしているが、山羊の眼は金剛の行く先に集中している。

「篤です。そろそろ現れます」
「そうか」

 雅は懐から扇を取り出すと、緩やかに風を立てた。先ほど飲んだ茶が胃の中で一度ずつぬるくなってゆくのを感じている。
 金剛の姿が見えなくなった。

「……斧を取ってきてもよろしいでしょうか」
「構わん」

 すっくと立ち上がった斧神が、稲妻のごとし速さで部屋を出て行く。
 ほとんど入れ替わりで篤が入ってきた。

「千客万来」
「今そこで、ものすごい勢いの村田とすれ違ったぞ。どうした」
「お前の弟は、まったく罪な男だ」

 口元のマスクをずり下ろし、篤は怪訝そうに眉をひそめた。

「明? いるのか」

 庭の奥から明の叫び声が上がった。金剛がげらげらと笑った。

「逃げるな、逃げるな」

ちょうちょ、殺してしまわんように、優しく捕まえるから。

2018.6.9

この後斧を取って戻ってきた斧神、篤、金剛でバトルロイヤル。