【Web再録】成熟(序)

2019年11月に発行した男ふたなり明本のweb再録。斧神生存設定のドーム敗北ルート。捕獲した明に姑、斧、雅がそれぞれ種づけセックスしています。ふたなり沼に落ちた後ですね…。当時本誌のドーム戦にマジであたまがおかしくなっていて、明のコスプレ(違う)と怒涛の公式姑明プッシュ(違)にまんまとやられてドボンした。姑獲鳥はさぜっっっっったい好きになるってわかってたんだよ…。あんな男好きになっちまうだろ…。今読み返すといろいろ矛盾点や恥ずかしいミスが目立つのですが、今読んでもありったけの性癖詰めているので、どうかなまあたたかい目で読んでやってください…。


※注意!
・明に女性器がある男ふたなりです。
・姑明、斧明、雅明で子作りしています。(篤明要素も含みます)
・寝取られ描写があります。(モブではありません)

 今日の日没がまるで何年も前のことに思えた。屋上を包む夜の空気がぬるく、下方にいる大勢の人間や吸血鬼が灯す火が初夏のあまい闇のなかで星のようにまたたいている。人声で騒がしいはずが、それらはどこか遠くで鳴っているサイレンか音楽のようにしか聞こえず、目の前にいる男の息づかいの方がよほどはっきりと聴きとれた。
 俺は黙って耳をすませた。その息づかいを聴くのは、これで最後になるのかもしれなかった。
 好天で、風が吹き、暖かく、静寂だった。自分のシャツが汗と血で濡れ、塩からい汗が顔じゅうにしみた。相手の血まみれの体からしたたり落ちる血と、斧、巨体、被り物の角の先までを、ひとつの塊として捉えていた。
 男は黙っていた。沈黙が互いを電話線のように繋いでいる。山羊の頭部から表情は読みとれずとも、男はまだ強い生気を放っている。出会った時からそうだった。静かに座っている時でさえ、全身が絶えず活動していてエネルギーを発しているような印象を受ける。角度が変わるたびに、光の当たり方で、わずかに獣の顔が変わっているように見える。
 一匹の蝿が視界に現れ、男の右腕にとまった。しばらくじっとしていたが、なにか俺たちにはわからない自らの習性に従って飛び立った。
 こちらへ飛んでくる蝿の羽音が、普段よりずっと大きな音に聞こえた。
 男の焦点が俺からそれず、斧を持つ手がピクリともしない様子を集中して見つめていた。
 耳ざわりな羽音が近くまでやってきて、蝿が俺の鼻にとまった。とまった部分にわずかな痒みを感じた。
 近すぎてピントが合わないことにより、蝿の姿が両目のあいだでぼんやりとした巨大な影になっている。その向こうにいる男を見つめ続けた。
 風にのって流れてくる友の血のにおいが、今日一日でききづらくなった鼻にまとわりつく。嗅いでいられる時間を、まだ自分は、惜しいと思っている。惜しいと思い続けている。その体を両断した瞬間でさえ、その気持ちを捨てきれないでいた。
 蝿が飛び立ち、俺の視界を横切った。斧神が走ってきていた。
 血のにおいでさえ、ないよりはずっといい。ないよりはずっと、生きている証拠になるものだ。
「ガアアアアア」
 咆哮と風切り音が荒れ狂う大波のように向かってきた。血で傷口が隠れ、暗さでほとんど黒に見える血が黒々としたおぞましい裂け目を男の右半身につくりだしていた。むきだしの腕の筋肉が躍動していた。
 向けられる殺気で全身がビリビリした。握りが汗で湿り、持ち上げていく剣に勢いがつき、無意識のうちに叫んでいた。思った以上の力が自身の内側からあふれだしてくるのを感じた。
 目と目が合い、その時はじめて、兜の下の目が俺の視線を楽しみに思っていたことを知った。
 ぶつかりあう寸前でさえ、互いに刃を合わせられることに喜びを感じていた。
「あああああ!!」
 振り下ろされる斧を受けとめた瞬間には、すべてがゆっくりした感じになり、斧の刃が剣身を滑り火花を散らせる様をスローモーションで見ていた。映画を見ているような気がした。
 刃の上を流れきり、剣の鍔に斧の刃が届くと、相手の勢いを利して体が流れるように剣を操った。閃きと行動が一瞬のうちに行われていて自分の体ではないようだった。
 男が俺を見た。長い別れが終わったことを、確信した。
 次の瞬間、剣の鍔にひびが入った。
「!」
 目を瞠った。
 刃と鍔が激しくすれる。
 金属同士が出す悲鳴じみた不快な叫びが二つの体のあいだで響き散らされている。巨大斧が両手のすぐ上にある。風が強まっていた。屋上にたまった砂ぼこりが舞い、風にも吹き消せないどちらのものとも知れない血のにおいが漂っていた。
 鍔のひびがひろがった。
 グラスが欠けた程度のかすかな音だったが、斧神は聞き逃さなかった。
 一部分を凄まじい力で圧されるせいで鍔が激しく震えている。震えがこちらの手にまで伝わってくる。しだいに強まる風の音と金属の大音しか聞こえない。吹きつける風に目を細めた。風に運ばれてきた男の血が俺の顔や首に散った。目を閉じるわけにはいかなかった。
 今では視界のほとんどを斧神の体が覆っていた。俺は歯を食いしばり、男の力と重みに耐えていた。いつ鍔が砕けてもおかしくなかった。俺の両手と体がその真下にある。
「もう、楽になれ」
 斧神が言った。
 この状況に似つかわしくない声だった。兄に話しかけられているような気がした。
 俺は首を振った。かろうじて動いたという程度だった。これ以上、腕が上がらない。
 被り物を通して男の荒い呼吸音がしていた。俺の呼吸と同じぐらい、苦しげだった。
「いやだ」
 男の向こうに空がある。星は出ているが、月はのぼっておらず、真っ暗に思われた空間に白い微粒子が散らばっていて、それが順番に何色にも光っていた。
「過剰な痛みは、冥土の土産にはならんのだぞ…」
 声が金属音にかき消される。
 血の通っている部分が表面へと出ていくように、肉体の感覚が過敏になり、なにもかもが非常に感じやすくなりつつあった。反対に手は痺れ、感覚をなくしつつある。強風が頬に暖かかった。
 雨が降る直前のような、風とにおいがした。
「まだだ」
 鍔が砕け散る、一瞬先に握りから手を離していた。
 勢いで前へと倒れる男の体の下へと身を滑り込ませる。屋上の床ごと鍔が砕ける音が響いた。丸腰で相手の懐へともぐりこんだ俺を、斧神がすかさず左腕で打とうとし、はっとした。今、左腕は「使えない」。
 左肩を後ろへ引く。
 右の拳で、無防備な友の右半身をあらん限りの力で打った。
「斧神様…! 斧神様…」
 断末魔の叫びは止まらなかった。下方からの吸血鬼たちの声は、おそらく届いていない。
 傷口を殴りつける自分の手がみるみるうちに血で染まった。大量のあふれ出す血を見ながら、頭がガンガンした。ありとあらゆる感情が体の中で爆発寸前まで高められ、喉元へ込み上げてくる言葉にできないなにかが、俺の口をわななかせた。親友の痛みが可視化され、色となって空気中に見えるような気がした。
 勝つためであれば。
 そう願っていながら、大切な者の傷口をひらこうとしている両手が震え、ここにいたるまでの戦いのすべてが、堪え難く、つらいものであったことを教えている。
「ア゛、ア゛、ア゛ア゛」
 絶叫が闇をつんざく。
 噴き出した血が頬にかかった。目を閉じられなかった。
 両腕が血でびしょ濡れになっていた。傷口を守ろうとする斧神の左手を渾身の力で引き剥がそうとした。男の前が血だらけになっていた。
 視野が狭く、両手の感覚があまりなかった。
 髪がひたいにはりついていた。汗か血のせいかもわからなかった。
 上の方で雷鳴が轟き、空中に雨のにおいが一気に強まった。
「ああぁ」
 握りしめた手で相手の右の脇腹を思いきり殴った。斧神が叫んだ。
 稲妻が走り、世界が一瞬、真昼のように照らしだされた。
 次の稲妻が光る前に、頬を涙が流れ落ちていた。
「ガ゛ア゛アア゛ッ」
 その瞬間、胴体が横から殴られ、衝撃で体が屋上の端まで吹っ飛んだ。
「明!」
 コンクリートの床に這いつくばり、体を折り曲げた。背中の傷からふたたび血が噴き出したのがわかった。
 視野が赤みがかってかすんでいた。折れた肋骨が損傷を訴えている。頭がぐらついて耳鳴りがし、聞こえてくる音が水の中にいるような感じで、首がもげて落ちそうな気がした。仲間たちの声はかろうじて聞きとれる。
「明、逃げて…」
 四つん這いの姿勢から立ち上がろうと試みるも、正しく力が入らない。体がバラバラになってしまいそうなところを無理に繋ぎ止めているようだ。ふらつく脚に力を入れる。
 赤っぽい視界で、斧神が一度倒れ、立ち上がろうとし、ふたたび倒れるのを見た。
「このままおいて、大丈夫なのか?」
 ビクッと全身が震え、目の焦点がさっと戻った。
 鮫島がすぐそばに立っていた。体が半分出入り口の方に向きかけていて、周囲で起きているパニックから今にも逃げ出したいのか、上半身がそちらへ引っ張られるように傾いていた。右足のつま先が非常口の方向を指している。
「明、おい、聞いてるのか?」
「聞いてる。さっさと行け」
「お前、大丈夫なのか?」
「何度も言わせるな、行け」
 すでに鮫島以外の人間はこの場から逃げ、安全な場所にいるはずだった。取り戻した彼も、あのまま無事に逃げ果せたなら、きっと仲間と一緒にいるだろう。そうであるなら、もうなにも心配することはない。
 暴走する邪鬼の咆哮と吸血鬼の悲鳴で地獄と化したドーム内で、ひどく懐かしい気分に浸った。こんなことをずっと繰り返してきた。めずらしくもない、幾度目かの地獄だ。
「…なんで笑ってる?」
「いや…」
 鮫島が左右に何度も首を振った。心底理解できないといった表情で、一時、こちらを見つめていた。見つめていられるような時間は、あまりなかった。
 ドーム全体を震わせるような、おぞましい叫びが響き渡った。思ったよりも近い。
 鮫島が身をかたくさせた。顔がこわばっていた。恐怖し、おびえ、汗で濡れた顔が真っ青だった。彼にとって正面、俺の背後を、絶望の表情で凝視している。
 背後からの気配に、ゆっくりと振り返った。
 化け物が立ち上がっていた。
 くちばしの先端と下あご全体が血で濡れていた。俺の血だ。その味を確かめるように、のぞいた細長い舌が下あごのふちを舐めるのが見えた。
 すぐ後ろで鮫島の歯が鳴っていた。
「行け、鮫島」
 暗い瞳があたりをさまよい、俺たちの上を通り過ぎた。邪鬼に食い散らかされる吸血鬼どもの悲鳴があたり一面を埋め尽くし、混乱と恐怖と痛みがドームを破裂させんばかりに覆いきろうとしている。
 鮫島の息づかいが激しくなっている。
 視線が戻り、姑獲鳥がこちらを認識した。
「鮫島」
 短いあいだ、冬眠明けの熊のように、仁王立ちした巨体が前後に揺らめいていた。視線がこちらから離れない。
 観客席の方から大きな音がした。統制を失った邪鬼は並みの吸血鬼には制御不可能だ。
 血飛沫を背景に、男が静かに上体を屈め、地面に落ちた三又鉾を手にした。鉾が地面から離れる時、地面にくっついていた血が金属の先端を追いかけていた。
 獣の頭が一度、二度、振られた。
「鮫島」
 怒鳴った。動く気配がなかった。
 振り向き、その場に凍りついていた仲間の膝を蹴飛ばした。がくん、と地面に崩れかけた仲間の腹をさらに蹴り、怒鳴りつけた。
「逃げろ、このバカ」
 鮫島が俺を見た。一瞬、なにが起きたかわからないように呆然としていた。
 次の瞬間、拘束が解けたように素早く立ち上がり、非常口に向かって脇目も振らずに駆け出した。その後ろ姿を見送る間もなく、俺は化け物に向き直った。
 視界が霞む。
 あまりに血を流しすぎていた。食われかけた腹から流れ出る血で、着物が肌にはりついて気持ちが悪い。肉に食い込んだ歯の感触が、いまだ鮮明に残っていた。
 まだ気を失うわけにはいかない。
「ハハ…」
 ドームから離れ、鮫島が仲間たちのもとへたどり着くまで、時間を稼がなければならない。この男にもう何も殺させるわけにはいかない。
 もうこれ以上、自分の背中のものを好きにさせない。
 くちばしの奥から咆哮があふれ出た。重く、低い雄叫びに腹の底がビリビリと振動した。次第にその声が断続的になった。
 笑いながら、吼えている。
「…腕…足…首…」
 仕込み刀についた血を振り払った。与えた傷は致命傷にはならなかったらしい。延長戦は望ましくない。
 今の自分には首を落とす自信も気力も、体のどこにも見つからない。できることなら、一時退却し、態勢を立て直したいのが本音だ。しかし、それでは駄目なのだ。
「じっくり、骨まで…食らいつくしてやる…肉一片も…」
 どす黒い残虐な火が小さな眼に灯り、自分とふた回りは違う手が鉾をきつく握りしめた。金属の軋む音がここまで聞こえた。
 今では男の視線がはっきりと俺を捉えており、頭部の羽が逆立っていた。興奮した様子で、呼吸を荒くし、肩の筋肉が盛り上がっていた。律されていた姿が嘘のように、激しい気性が表に引きずり出され、獣性がむき出しになっている。
 獲物を狙う獣の目だ。
 気づけば、自分の呼吸が乱れ、胸の鼓動が痛いほどだった。目をそむけたい衝動と戦っていた。
 仕込み刀を顔の前にかざした。
「来い」
 言った。
「来てみろ、俺のところへ」
 白い羽に覆われた喉から低い笑い声がもれ、だんだんとそれが哄笑へと変わっていく。
 腹を揺する男の目が細められた。獣には作れない、人間という動物にしかできない表情。
 俺の笑顔に、その目元がさらにいやらしく歪んだ。
 殺戮のど真ん中で、互いが離れようもない線で繋がり、そこに道ができた。相手へ。一直線に。
「食ってみろ、俺を。姑獲鳥」
 叫んだ。
 姑獲鳥が足を踏み出し、俺は左手で着物の裾を破り捨てた。