【Web再録】成熟(七)

 意味があるのだと思いたかった。なぜ、こんな体で生を受けたのか。
(「次は確実に、お前の息の根を止める」)
 いろいろな人を悲しませてきた、この体は、器官は、何のためにあるのか。
 男として生まれ損なった事実が重たすぎる人生だった。自分だけが背負わされたハンデのような気がしてならなかった。
 兄を繫ぎとめておきたかったのは、俺だ。それが家族としてなのか、恋愛感情としてなのか、とうとう自分自身にも最後までわからなかった。ただただ、そばにいてほしくて、恋しくて、離れてほしくなかった。
 甘えていた。甘えさせてくれることを、知っていたから。
(「ああ、いつでも歓迎するよ」)
 俺は真摯に向き合わなければならなかった。兄に。自分の体に。見て見ぬ振りをしてきた、これまでの全部に。
(「その時こそ、お前を最高の吸血鬼にしてやろう」)
 どうしてもっと、ちゃんと聞いてあげられなかったんだろう。
「毒だろう、そんなに泣くと」
「っゔぅ…っ…ゔ、うっ……」
 きっと意味はあるって。
 意味があるって思いたかった。
「うっ、う、ゔぇ…っ」
「……」
「……っ…、ッ…」
 口づけは深かった。鋭い痛みが走り、男の牙で唇が切れたのがわかった。
 抱きすくめられた体が密着し、裸足のかかとが浮く。
 流れ出した血が温い舌に舐め取られていく。
「ゔぅー…っ…」
 涙がちぎれては頬を伝い落ちて、胸元に落ちた。
 背中にきつく回された腕が、苦しいほどに体を締めつけてくる。口内を探る舌を押し返そうとするも、ぬるぬるするばかりで捕らえきれない。
 薄闇の中で、至近距離から赤い瞳がこちらを凝視していた。角度が変えられると、その目が赤にも白にも煌めく。
 ずっと長いあいだ、この瞳を追いかけてきた。再会を願い続け、その為なら、死んでもいいと。
 この眼をえぐり出し、頭蓋を割り、義手を置く日が来ることを、願っていた。祈っていたと言ってもいい。
 口づけが激しくなるほど、躍起になって身をよじった。
 そうしているうちに、だんだんと呼吸が苦しくなってくる。
「ンッ、ン…ッ……!」
 引きずられるようにして連れてこられた部屋は、室内の端がどこかがわからなかった。非常に暗く、奥の方に窓が一つあった。その窓が縦に長い長方形の光源となって、部屋の中心に向かって外の光を細長く伸ばしている。
 唇の隙間からもれる吐息が熱く、唾液で口のまわりがべたべたした。思考するのが難しくなってきていた。
 男の舌づかいがねっとりとしたものに変わってきており、押しつけるようにして舌の表面をこすり合わせてくる。
「ゔ……ンッ……」
 ぬるついた舌が強引に絡みつき、這いまわって、口中をぐちゃぐちゃにする。別の生き物のように動く。
 息つぎのための口が離れたわずかな隙に、顔を背けるよりも、後頭部を手で固定される方が早かった。
 男に上から覗き込まれる。
「予定を繰り上げ、戻ってきたのだぞ」
 腹の底の空洞から響いてくるような、低く、深い声だった。聞かされるだけで、反射で内臓が縮こまるのを感じた。
 この声だけは、忘れたことがない。忘れられるはずがない。
 静寂が室内の時を止めてしまったかのようだった。屋外の夜が部屋へと流れ込み、外の世界と闇が一体化しているような感じを与えた。
 心臓が早鐘のように鳴っていた。鼓動がうるさく、合わさった胸と胸から、その音が男に知られていることがわかった。
 雅が囁く。
「贈り物は気に入ったようだな」
 たとえこの男がいつかどうして朽ちたとしても、声だけは、きっと死ぬまで耳に残る。
「おまえはっ…」
 互いの唇が触れそうに近かった。
 涙と唾液で濡れた唇に、息がかかる。生あたたかい。
「お前……っ」
 出した声がかすれた。
 喉に唾が引っかかった感じで、口の中は濡れているのに、喉の奥はカラカラだった。
 雅は黙っている。抱きしめる腕の力が強かった。
 刃を交わした時にも、ここまで近づいたことはない。今では、焚かれた香と衣服のにおいの下に、はっきりと血のにおいを嗅ぎとっていた。
 目の前に立つ男が誰であるのかを、意識せずにはいられなかった。
「私が……?」
「………っ、うっ…ぅ…」
「私が、何だ…。言ってごらん」
 耳元で囁かれる声は、葉が落ちる音のように密やかだった。
 次第にまた嗚咽が止まらなくなり、左手で顔を覆った。その手を取られ、ふたたび唇が重ねられる。薄い舌が入ってくる。
 口づけがどんどんひどくなっていく。
 キスのやり方なんて、もともとろくに知りもしなかった。幼なじみの彼女と重ねた唇の感触が、おぼつかないあの行為が、唯一の記憶といってもよかった。そうであっても構わなかった。
 彼女の小さな、やわらかい唇に触れた時の、あの幸福な気持ちをそのままに、大事にしていけると思った。
 ここへ来るまで、そうと信じていた。
 力の抜ける足腰を、男の腕がきつく抱いて支える。唾液がこぼれ、舌が淫猥な音を立てる。頭がぼうっとして、口の中が熱い。
 舌は麻痺した感じがあるのに、触れられた場所がますます敏感になっていくような、そんな矛盾した感覚に襲われている。
 下腹の、奥の方がビリビリする。
「ぁ、ふ…」
 男の話どおり、感染の心配さえないという話が真実ならば、このまま舌を噛みちぎってしまってもよかった。そうするのが、正しいことに思えた。俺たちの間柄の、正しい結果に。
 無い刀の代わりに、歯を突き立てればいい。右腕の代償として、手はじめにこの舌を食いちぎるのだ。
 簡単だ。この、薄い舌を。
(正しい結果とは、一体何だ)
 じゅうっ、と口内の唾を吸われ、全身がびくんと引きつった。一瞬熱い息が口に当たり、今度は唾でなく舌を吸われた。
 自身の股間が強いうずきを訴えている。
 もう、どうやったって立っていられそうになかった。男にしがみつき、相手の礼服を握りしめることで、なんとか体勢を保っている。
 砕けた腰を抱く手にさらに力がこもった。
 口と口を合わせ、粘膜をこすりつけるだけの単純な動きが、どうしてこんなにも欲情をかき立てるのだろう。
「待ちわびたよ」
 唇を触れ合わせたまま、雅がつぶやいた。涙の溜まった目で、五センチ先の目を見つめ返す。
 俺の息づかいだけが荒く、男の呼吸は先ほどよりも深くなっているような気がした。自分だけが標高の高い山にいるようだった。
 すり、と相手の鼻が鼻筋にこすりつけられる。
「早く、抱かせてくれ」
 心臓が痛い。
「ずいぶんと待った……」

 どこかでテレビがついている。
 砂嵐の音がしている。
 そう思ったのは数秒で、そんなものは存在しないことに気がついた。外で雨が降っており、窓を通してその音が部屋の中まで届いているのだった。
 弄られすぎて腫れ上がった乳首を一際強く吸われ、男の下でのけ反った。それだけで尻の上がぞわぞわして、なかの肉がじゅわりと濡れるのがわかった。
「あぁ…っぁ、ひ……!」
 突起をあたたかい舌で転がされ、たまに牙が先端をかすめる。しゃぶっているあいだも、男は緩急をつけて奥を突いてくる。
 上下に揺すぶられながら、よだれをたらした。
 とろけた膣肉を、深く入り込んだ男性器が前後にこする。そのピストンの動きで、際限なく愛液が分泌されて、陰茎の滑りを良くする。
「あっ、ぁっ、ぁっ……」
 あまりにもいやらしい音がしていた。体温が移り、体の下のシーツがぬるくなっていた。
 割れ目の肉が押し潰されるほど深く腰を打ちつけられて、小さな絶頂を繰り返していた。まともにものが考えられなかった。
 陰茎が子宮口を突く動きに合わせて、自身の腰が揺れていた。すでに癖になっている動きだった。ほとんど反射でやっている。
「いやらしい癖をつけられたものだ」
 囁き声に笑みが含まれていた。聞こえているはずなのに、その言葉の意味がわからない。頭の引き出しがでたらめに入れ替わっている。
 自分から腰を揺らす度、亀頭が奥のくぼみにはまっては、くぽくぽと抜けかける。その刺激がやめられない。気持ちがいい。
 混血種に犯され尽くし、拡がりきった穴は、驚くほど仇の陰茎にぴったりと馴染んだ。まるですべてはそのために用意されていたかのように。
 快感を与えられるごとに、隙間が埋まって、膣が締まる。じわじわとその身をすりつけるようにして、肉が男性器を押し包んでいく。
 混血種の巨大な陰茎に嬲られ、普通の男には使い物にならないほど拡がった膣だ。それがどうして、この男の陰茎にここまで吸いつくのか、自分でもわからなかった。わからなくてもいいのだと、言い切れるものならそうしたかった。
 気持ちが良くなるように。自分が。そして雄が。
 そういうふうな身体が、出来上がってしまっている。
「ふぁ、っ…あ、あ」
 いつかまた愛液があふれて、男の陰毛を汚した。
 熱気で髪が湿っていて、他人の陰茎のにおいがしていた。どちらの体も汗にまみれている。
 亀頭が膣ひだを掻き分け、子宮口を執拗に責める。
「っア、ぁあ、だめっだめ、そこだめ…っ…!」
「すっかり女にされおって…ここが、」
「っぁああ……!」
 のしかかる男の腰が激しく揺すられ、女性器に雄が荒々しく出入りする。竿を肉ひだでしごくようにされて、なかがビクビクと痙攣する。
 開いた両脚が男の下半身に巻きつく。
「どれだけ卑猥に、吸いついてくるか、わからんのか」
「あっ、あっ、あっ」
 ちゅぽちゅぽと入り口付近で出し入れされたら、子宮口が男を追いかけておりてしまう。そこを待ち構えていた雄に勢いよく突き上げられる。
 嬌声が止まらない。
 割れ目を突く男性器のことしか考えられない。
 抜かれて、追って、貫かれる。繰り返されたら、膣がだんだんと変になってくる。
「アッ、あッは、ハァッ、ハァア…っ、…!」
 快楽に悶え、組み敷かれた体をくねらせる。
 とろけた膣の、ひだの一つ一つが男を記憶する。尖った部分、硬さ、ぬめり、なすりつけられる先走りまでも。
 内壁が絶えず収縮しているような感じだった。二人の男によって作り変えられた体は、すでに自身の持ち物ではなかった。甘い粘液を湛え、雄を貪ることだけを望む生き物と化している。
 仇敵の陰茎が入っていないと、すぐに猛烈な飢餓感と情欲が襲ってくる。
「ァッ、ア、そこ…ッ、やだ…いやっ…」
「どちらだ、ほら、」
「あっあだめッ…っぬくな、抜くなあぁっ……」
 男が密着した状態で腰を使うと、亀頭の尖った部分が肉ひだをぷちぷちと押し潰す。悲鳴じみた泣き声をあげて、腰を振りたくった。
 汚らわしい。気持ち悪い。よりにもよってこの男の、性器が。
 体の上の引き締まった肉体は、獣の動きを止めない。
「嫌らッ…っ…いや…いや…っあっぁ…」
 うわごとのように口から出てくる拒否の言葉が、いかにも白々しかった。
 下腹のずっと奥の方がきゅうきゅうとうずいて、熱くてたまらない。陰茎を咥えた膣が収縮する度、その動きで電気のような快感がつま先まで走る。
 膣肉を荒らす雄によって、自身が体じゅうからにおいを発しているのがわかった。雄を誘う、性交時の独特のにおいが、周囲に濃く漂っている。
「ああ…」
 ため息まじりの低音が耳に届いた。
 半開きの口の中、舌の上に塩辛いものを感じた。少し間をおいて、ポタリとまた同じものが落ちてくる。
 雅の顔から滴った汗だった。
「お前の、においだ」
「…っ…」
 顔じゅうに熱が集まった。一気に眼球まで熱くなる。
 あごに手が触れ、男の顔が寄せられる。
「気持ちがいいか…?」
 静かな声に興奮と狂気がにじみ出ていて、目には強い光が宿っていた。薄闇でも主張する燃え尽きる前の炎のような、激しい赤が、見ているだけでこちらの心臓をかたくさせた。
 この男の前に丸腰でいる事実を、いやでも意識させられた。これだけ時間を与えられても、なお現実味のない事実だった。
「…俺……」
 しぼり出した声が、ひどく小さかった。
 声を出すだけでなかがヒクつくくらいに、敏感になっている。呼吸が浅い。
「…っ…もう…」
 味を覚えたその器官が、早く早くと急かしてくるのを、涙と鼻水で押さえつけている。
 それでも催促を無視できない。

 この吸血鬼を前にすると、いつもそうだった。自身の中の、普段は仕舞われていたはずの、何か、本能のようなものが強制的に引きずり出される。自分が自分でなくなっていくような感覚が強まって、体に備わった以上の能力が引き出され、刃を打ち合わせる瞬間には、その驚きを忘れている。
 あの時、もしも兄を止めていたら。もしも冷の言葉を信じずにいたら。もしも兄を探そうなどと思わなかったら。
 この男と、出会うことがなければ。
 俺の人生は、一体どんなものになっていたのだろう。
 いくつもの枝分かれしたもしもの先に位置する天辺に、この男がいる。
「もぉ……ッ…」
「死にたいのか」
「………っ…ぅ……」
「もうよかろう」
 男が自分の前に立ち塞がる限り、何度人生をやり直しても、おそらくこの男は俺の前に現れる。
 あの峡谷の雪を踏まない人生など、もしかするとないのかもしれない。
「どれほどあがこうと、無駄だったではないか」
 指が頬を這い、爪がそっと目元をなぞった。
 その触れ方が、いやにやさしく、敵意のかけらもないものだったから、子どもじみた泣き声をいよいよ抑えられなくなった。
 男の手が、ゆっくりと頭を撫でる。
「もうよかろう」
 泣いてばかりでは何にもならないと、教えられたはずだった。泣くぐらいなら、一度でも多く刀を振ることが大事だった。そうでなければ生きてはいけなかった。
 この男を、殺せない限り。
「お前も、その身体も」
 汗で湿った髪を撫でる手が、俺の前髪をかき分ける。暗さで見えていないはずが、指は正確に顔面の傷跡をなぞった。
 この男がつけた傷の上を。
 雨の夜は特に痛む。
「私のものなのだから」
 言葉は雨粒になり、体に落ちて肌を冷やしていく。同時に冷えた肌の裏で、体の芯がほてり、体温を上昇させる。
「余計なことは、もう考えるな」
 俺の大事なものをすべて奪っていく。どこまでも、立ち塞がる。

 唇に触れた男のそれは温かかった。
 非情と残虐からかけ離れた、いたわりに満ちたそのキスが、体の底にある凍りついた湖の表面を舐めた。
 人間の頭部を食いちぎってきたけだものの口が、人骨を噛み砕く慈悲なき牙が、唇をついばみ、歯をかすめる。どちらが嘘で、どちらが本当ということはなかった。どちらも本物だった。
 どちらが欠けていても、この男にはなり得なかった。
 男の睫毛が動き、空気が揺れた。
「…で………な、んで……」
 触れ合った唇の隙間から、もれる自身の息が湿りを帯びていた。鼻声だった。
 こういう疑問を、もう何百とこの男に投げかけてきた。
(お前の心が知りたくて)
 その考えを、生き方を、理解できるはずがないとわかっていながら、試みずにはいられない。
 雅が息だけで笑った。笑ったとも言えない、かすかな空気の揺らぎだった。
「私が探していたのは、お前だ」
 雨音が大きい。
「そうだろう。明」
 温度は炎となり、湖の氷を果てまで焼き尽くす。溶けた氷は涙となって、目からとめどなくあふれ出す。
 嗚咽は男の口に吸い込まれた。
 俺の上に乗った雅が上体をずり上げ、さらに深く屈み込んできた。キスが唾液腺を刺激した。
 今度は、本気のそれだった。

 ひたすらに生きた一生の、その意味を、理由を知りたくて。
 わからない相手の心を互いに探り、体に触れ、体温を交わしてきた。もう二度と会えない人のことを思い、その埋め合わせのようなものを探し続けてきたように思う。同じパズルのピースなんか、一つとして存在しなかったのに。
 深い淵を挟み、はるかな距離を通して、姿の違うよく似た獣たちに語りかけてきた。同じようでいて、それぞれがまったく異なる男たちを、これまでどういうふうに見ていたのだろう。
 この男は、今どんな気持ちで、俺を抱いているのだろう。
「ぁっ…あ…っ、あっ、ぁ」
 目がチカチカする。口が閉じられない。肉棒がこすりあげていくところ、全部が気持ちがよくて、膣が熱く溶けている。
 男が腰を前後に振るう度、陰茎の先が奥を突いた。とろけた肉壁をえぐっていく硬い雄に、嬌声が唾液と一緒にあふれる。
 自分から腰を緩く揺すっている。
「そう、可愛らしく、強請るな」
 深くまで入った雄が、奥を叩くようにその頭をすりつけてくる。
「ふぁ、あぁあ…ッ」
 子種を欲しがり、浅ましく口をひろげる最奥に、強く亀頭が押しつけられた。きつく体を寄せる男の熱い吐息が頬にかかる。
 はまり込んだ先端が、ぐちゅぐちゅとをまわりのひだを弄ぶ。
「やァッ、アッ、ッァ、」
「こんなに、膣をとろかせおって…」
 声を震わせ、白い体に身体全部を使ってしがみついた。大粒の涙が頬を転げ落ちるにまかせ、霞む視界で、赤い眼光を見つける。
 脳みそが液状化しそうな快感。
 激しい力で抱き返され、うめき声をもらした。相手の高い体温が肌にしみわたるように、血流をよくする。
 先ほどからずっと、膣はかすかに痙攣し続けている。
「しばらくは、離してやれんぞ」
「んッン…ッ、ひ、んっ」
「朝も昼も、晩も、私とここで、まぐわうのだから」
「っやぁ…やっ、ぁあ…ッ、あぁっん…ッ」
 覆いかぶさられ、ひとかたまりになった互いの体がゆさゆさと揺れる。息苦しさが胸のあたりを押し上げている。
 手を使わず、顔で押すようにしてあごを持ち上げられ、目をしばたたいた。開きっぱなしの唇を奪われる。
「ンっ、ンッ…! ン…ッ」
 ぬるついた舌先で愛撫される口内が、どこも性感帯になっているかのように股間に響く。唾液が甘い。
 互いの口を貪りつつも、律動は止まらない。
 のしかかる重たくぶ厚い体から、香のにおいにまぎれて、今ではむせ返るほどに濃い男の体臭がした。汗と血と煙と混ざりあった、記憶の誰とも似ていないにおいが、鼻の奥に染みついていく。
 嗅いでいると、自身の陰茎がますます硬くなるのを感じた。
 隙間なく合わさった唇の内側で、舌が絡みあう。あたたかく、酸い、生き物の味が味覚を刺激してゆく。
「……ッハぁ…、ハッ、は…ッ」
「ああ…いい、美味い……」
「っぁ…あん、ぅ…っ! …ぅんっ…ンッ!」
 ピストンされる陰茎が、執拗に子宮を突き上げると、それに合わせて自身の腰が浮き上がった。一斉に全身の毛穴から汗が噴き出す。
 雄の勢いに、溜め込んだ昨晩の精液が奥からもれ出すのがわかった。
「ぁあアッ……っ」
 俺の体の上で、白い獣が喉を鳴らした。
「だめッァッあンッ…あっあっ…ッ」
 もはや、何一つまともな考えは頭に浮かばなかった。
 絶えず子宮に注がれ続け、粘膜まで染みついた精液が、震えがくるほど恋しい。あの、自身では一生届かない、甘痒い奥に勢いよく注がれる、熱くて粘っこい感触が。
 それがどういうことになるかを知りながら、欲求をこらえきれなかった。
「ッやび…みぁび……ッ」
 愛液で濡れそぼった穴に、陰茎がぬちゅぬちゅと深くまで挿さる。その先端がさらに入りやすいよう、腰を浮かせ、男の下肢に両脚を巻きつけた。
 雅もそれに気づいた。
 そのまま亀頭が最奥のひだに触れる。それだけで、もう駄目だった。
 期待で、胸の突起がじんじんするほど。
「出すぞ」
 男の声が、聞き覚えのある深みをともなって耳に届く。笑みがにじんでいる。
「味わえ」
 暗い室内の男の表情というより、声の響きで微笑しているのがわかった。
 世界が終わる日であっても消えることのない、久遠の微笑み。
 うなずいたのか、顔を背けたのか、自分でも区別がつかなかった。
 肉棒の先端が、やわらかい場所を小刻みに突き上げたその瞬間、絶頂に達していた。
「っ…ふ……ッ」
 受け入れた場所にぎゅうっと力が入った。両脚が強く男の腰を締めつけ、相手の体にかたくしがみついた。倍の力で男が抱き返してくる。
 抱きしめたままの状態で、雅が腰を動かす。
「…あっ…ぁ…」
 痙攣する膣をこね回す陰茎に、頭のなかが白くなった。達している感覚が長く続き、膣が奥から信じられないくらいに濡れた。
 快感に引きつった体じゅうに、敗北が行き渡るのを感じる。
 男が射精したのは、少し遅れてだった。
 陰茎から噴き出す液体が、完全に屈服した子宮に注がれる。
「ンーっ…」
 勢いよくぶつかってくる精液がとろとろの奥を満たしていくのに、腰が溶ける。
 女性器をぴったりと塞ぐ陰茎の射精が続く間、ひたすら男の頭を左腕に抱きしめていた。
 密着した男の鼓動を胸に感じた。俺よりも少しだけ遅い心音が、雨音に混じってつめたくやわらかい。
 男が吐息をもらし、二、三度、その腰を揺すった。亀頭の突き方に合わせて声が出た。
 なかでこすれて、気持ちいい。
「私の…」
 温かくて、寂しくて、ずっしりと重たい。
 体の奥底のなにかに呼応する。
 深い場所で感じる男の存在が、欠けた場所にいびつにはまる。
「愛しい……」
 互いの肉を食いちぎるようにして命を奪い合ってきた、自分たちの痛みの応酬の、終わりがここだと教えている。
(まともでなくても)
「ここに、居ろ」
 歪な有り様でも、そこに道理がなくとも。
「私のそばに」
 細長い指にかき分けられた前髪の下から、男の表情が見えた。暗さにまぎれた色のない顔に、見たこともない表情が浮かんでいた。
 その顔を見つめていたら、どんどん、視界がぼやけて、わからなくなった。
「いいな」
(許せなくても)
 わずかに縦に振った首の動きが、答えだった。頬に触れた唇が、ゆっくりと前へと移り、すくい上げるようにして唇を覆った。
 やがてそれに応えた。