※注意
・篤、斧神生存ルート
・篤、斧神ともに交戦済み設定
・明が吸血鬼軍に捕まって雅に飼われています(本土未上陸)
・蚊は本土にばら撒かれませんでした
・明の右手も健在
・師匠は邪鬼になっていません
・腐女子の妄想、捏造、何でも許せる方向け
昨晩から思い立って今朝がたから一人庭の草抜きを始めたが、これがなかなか終わらない。軍手をはめた手で額に滲んだ汗を押さえた。さっきからずっと身体が火照って暑い。午前中に終わらせるつもりで挑んだのに、縁側の向こう、居間の時計の針は今や正午を指そうとしていた。地面にしゃがみ込んだ状態で、息をつく。予想していたよりも、荒れ果てた庭の手入れは大変だったというだけだ。
夏も終わりという時期ではあるが、太陽の日差しはTシャツの背中を遠慮なくジリジリと焼いた。この家の納戸にあった麦わら帽子をかぶってなんとか日差しをしのいでいた。それでも熱中症が心配で、ほんの少しの食塩を落とした塩水を飲むことを一時間ごとに繰り返していた。
塀に囲まれたこの家の庭は決して広くはない。名前のわからない、わりと背の高い木が庭の端にあり、茂った葉が作るささやかな木陰が地面の色を変えている。庭の入り口近くには金木犀もあった。それらが庭の景色に変化を与えているのだろうが、のび放題の雑草に埋もれていたせいか、庭を落ち着いて目にすることもしなかった為か、今までは気づかなかった。自分が見るということをしなかっただけで、たぶん視界には入っていたのだろう。
雑草を刈りとるカマもない為、ひたすら根っこから手で引き抜くしかない。軍手を土で汚しながら、雑草を引っこ抜き続ける。しぶとく鳴く蝉の声が頭上から降り注ぐ中で、ポタ、ポタ、と顔の横を伝う汗が手元に落ちる。
抜いては、雑草を横に投げ、抜いては投げるを繰り返し、だんだんとその動きが機械的になってくる。
「精が出るな」
背後からした声に、しゃがんだまま振り向いた。山羊の頭をした大男が家の角、庭の入り口あたりに立ち、俺が抜いた雑草の山を見下ろしていた。
「そう言うなら手伝ってくれ」
斧神が体を揺らした。笑っている。手には斧を持っていなかった。今来たばかりに見える。敷地内のどこかには置いてあるんだろう。
「俺に草抜きをさせるか」
「関係ないだろ」
巨大な体躯を揺らしながら近づいてきて、硝子戸を開け放してある縁側に斧神が腰掛けた。見ているだけで暑苦しい山羊のかぶり物が、俺の方を向く。
手伝うそぶりが全く見えないので、仕方なくまた雑草を抜き始める。土臭い匂いに混ざって獣の匂いが漂ってくる。汚れた軍手が土色に黒く、その手でめくれた土から出てきたミミズを摘んだ。暴れるそれをちぎらないように、離れたところにほうり投げる。
「水分は摂っているか」
土の中に微妙に残った根を指で掘り返しながら、うなずいた。それが見えたかどうかは知らないが、斧神は納得したようで、それから何もしゃべらなくなった。
二人、話をしなくても無音ということはない。庭や、家の周りにいるたくさんの生き物の声があたりを埋め尽くしていて、慣れるとそれが耳に心地よい。日差しが強く、Tシャツの背中が汗で色を変えているのがわかった。斧神にその背中を見られているだろうことも、わかっていた。
たまに失敗して、ぶちぶち、と雑草を根から上の部分だけ引きちぎってしまう。
いい加減頭痛と腰痛がひどくなってきたところで、よろよろと立ち上がった。両手を腰に当ててかたくなった体を伸ばしながら、縁側の方へと近づいた。斧神が山羊の鼻を持ち上げる。
「終いか?」
どたん、と縁側の板張りにうつ伏せに倒れこんだ。日陰になった縁側は気持ちがよく、火照った体にちょうどよく冷たかった。長い時間日が差したようで、頭が鈍く痛んだ。斧神の息づかいがそばにあるのを肌で感じつつ、目を閉じて、しばらくじっとしていた。
汗がひき始めた頃に、ふと、気配を感じて顔を上げた。斧神の手が伸びてきていた。その手が額に触れる。されるがまま、大きな手のひらが額の熱を測るのに任せた。山羊の頭がまっすぐに俺を見下ろしている。
指の関節が汗でざらついた額をこすり、静かにその手が離れる。
「草刈りのカマが欲しい」
かぶり物を見上げながら言った。斧神が引っ込めた手を礼儀正しく膝の上に置いた。山羊の無感情な眼が、俺から庭へと移る。
「駄目だ」
有無を言わせないはっきりとした返事に、斧神のいる位置とは反対側に寝返りをうつ。ごろん、と板張りの上で仰向けになる。
「ケチだな」
「そういった事ではない」
「カマの一つや二つで、あんたを殺せやしない」
俺の言葉に、男は小さな声で笑った。兜の下から響く、くぐもった低い笑い声が穏やかに周りの空気を揺らす。その声につられたように、ざあっ、と山からの強い風がおりてきて、突風があたり一帯の葉を舞い上がらせ、気持ちよく庭を通り抜けた。斧神が山羊の頭を軽く反らせる。
カシャン、と音がして、起き上がると、草抜きの為に地面に置いていた蚊取り線香の皿がひっくり返っている。
草抜きはまだ途中ではあったが、一日二日で全部終わらせられる気がまるでしない。それを見透かしたように、斧神の手がぐずぐずと寝そべる俺を強引に引っ張り起こした。猫の首を持つような感じで引き寄せられ、喉奥から抗議の声を出す。
「犬猫と同じだな」
寝転がった体勢から、板張りに座らされる。
「飼い主がいるからな」
皮肉のつもりだったが、斧神は聞こえないふりをする。諦めて縁側の床の上であぐらをかいた。自然と斧神と並んで庭を眺める格好になる。午前中を費やした庭は、縁側付近から半円状に地面が見えていて、あちこちの土がめくれ上がって見た感じが汚い。
蚊に刺されないよう長ズボンを履いた足が蒸れて暑かった。汗染みができているであろうTシャツの背中側をつまみ、動かしてパタパタと風を入れた。汗で濡れたところが気持ち悪く、潮っぽいべたつきが鬱陶しかった。自分が汗臭い。
「暑い」
斧神を横目で見た。俺の視線に、斧神は反応を返さない。
「クーラー買ってくれるよう、雅に頼んでくれ」
「扇風機があるだろう」
「欲しいものはなんでも、って言っただろ」
斧神が肩をすくめた。呆れた、といった仕草だ。
「暑いなら、裸にでもなれ。どうせ誰もいない」
「……」
無言で山羊のかぶり物を見上げた。石像のように動かないで、斧神は庭を眺め続けている。感情のない山羊の瞳が日に丸く光っていた。その胸は穏やかに上下しており、石像でないことの証拠に落ち着いた呼吸を繰り返している。
足音を立てて、勢いよくその場に立ち上がった。着ていたTシャツを板張りの床に脱ぎ捨てた。Tシャツは湿ってわずかに重たく、続けて下着ごとズボンも脱いで、それを斧神のすぐ近くに投げつけた。山羊の頭は動かない。
「暑い」
声色を変えずに言った。それでも声のトーンが意図せず低くなった。両手を体の横に垂らし、男を見下ろした。汗が引いた後の身体を弱い風がなぶる。
山羊の頭が遅れて動き、鼻先が俺の顔の方を向いた。
「腹を立てるな」
斧神が言った。
「お前は、すぐかっとなるな」
その肩につかみかかった。汗ひとつかかない体を組み伏せるよりも早く、腕を使って抱きこまれ、床に倒される。背中を打って咳き込んだ。
「お前らが、俺を、こんなところで…」
何度も咳き込みながら、首を絞める手を両手で掴み、相手の体に力一杯蹴りを入れた。斧神は気にも留めない様子で、手に力を入れすぎず、俺に呼吸をしにくくさせる。息苦しさに息継ぎの感覚が短くなる。
「ちくしょう…クソッタレ…」
目の前の男が師の姿と重なった。庭を背にした巨体が視界を遮る。ごつごつとした指が首の筋肉を押しつぶし、その上の皮をずらす。せり出した屋根の陰で、山羊のざらついた毛が黒々と濃い色をしていた。静かな息づかいが複数、かぶり物の下から微かに聞こえる。肺から急速に空気が抜けていく。
こいつは、俺を脅威とも思っちゃいない。
「明よ。お前は負けたのだ」
斧神の声が頭の中に響いた。男の手首をつかむ両手に力が入らない。山羊の鼻が顔のすぐそばまで近づいた。獣と、血のにおいがする。低音の声が頭の中でエコーして聞こえた。
「わかるな」
気が遠くなる。斧神が、奴のやり方で俺に諦めさせようとしているのはわかっていた。従順な犬にはできない。それならせめて檻の中で、差し入れた手を噛まないぐらいには痛めつけたいのだ。
斧神の手が離れる。すぐには反応できなかった。仰向けの状態のまま、呼吸の仕方を忘れたように、俺は無様に息継ぎを繰り返した。眠気がひどい時のように目があかず、耳鳴りがした。
「わかって、たまるか」
それでも声はなんとか絞りだせた。肺が小さくなりそうな痛みがあった。
「途中でやめるぐらいなら、」
荒い呼吸をしつつ、こちらを見下ろす山羊の頭に素早く手を伸ばした。斧神にその手を掴まれる。同時にもう反対の手で、山羊の角を持って兜を引きずり下ろした。ずるりと落ちた、兜ごと体が斧神の腕に捕まえられる。
真昼の明るい陽の下で、潰れた頭部があらわになった。山羊の頭がごろりと床に転がった。日陰と日なたのコントラストが眩しかったのか、斧神が大きな一つの目を眇めた。裸の腰を斧神の手のひらががっしりと捕まえていた。
「俺を怒らせるつもりか?」
「こっちのセリフだ。馬鹿野郎」
斧神の首のあたりに両腕を回した。皺の間から体液らしきものが滲んでいた。触れた手がぬるりとしたのに構わず、裸の身体を寄せた。グロテスクに崩れた頭部が耳慣れた鳴き声を上げ始めたが、しばらくすればすぐにおとなしくなった。
斧神の手が、俺の腰をぐっと引き寄せた。縦に割れた大きな口と、しつこく口を合わせては、濡れた舌をくっつけあう。
大きく割れた口の中に深く、顎までおさめられ、鼻腔の奥まで生臭い唾液の匂いが充満した。熱い肉厚な舌を口の中いっぱいに押し込まれ、自分の薄い舌が押しつぶされる。頬が濡れ、裸の胸が斧神の胸と密着した。肉を介して心臓の音が伝わってくる。
毎回感じることではあるが、こうされると、まるで捕食されているかのような錯覚に陥った。
「あつ…暑い…」
虫の声が耳に遠く、身体が火照ってしかたがない。片手は腰に、もう片方の手でうなじを掴まれ、上からかぶさるようにして口づけにも似た行為を続けられる。交わる部分から溢れた唾液が縁側の板張りに雫となって落ちた。
「…物好きな奴だ」
キスの合間に、斧神が呟いた。かすれていて、胸の奥がすうすうするような声だった。さらに身体を密着させようと、その両肩にしがみついた。斧神は拒まない。代わりに、俺の体を支える手に力が入る。
「ハ…は…」
無意識のうちに自分の裸の腰が揺れ始めており、無骨な手が、その動きを抑えるかのごとく俺の腰回りを手のひらでさすった。
筋骨逞ましい体と強い力に隠れた躊躇いがちな触れ方は、回数を重ねてもなくならない。肩の関節が抜けそうなほどに力を込めるくせに、抱きしめると抱きしめ返すことを一瞬ためらった。奴はお互いの唇が触れ合うことがそれはそれは恐ろしいのだ。
キスは友情であり、親愛の証だった。けれども実際のところ、そんなものは綺麗事だと思っている。不器用なこの親友のことが純粋にただ慕わしいだけだ。いずれ殺さなければならない対象であったとしても、おかしな話だが、そばにいる間は友人でありたい。出会ってすぐの時、あの洞窟の中で共に戦った頃からずっとそうだ。
俺は斧神が好きだった。それがどんな意味であってもいい。同じ味方にはなれないことはとうの昔に理解している。それでもお前のことが好きだと伝えたい。
唾液で顔をグチャグチャにしながら、息だけで笑った。斧神が体重をかけて俺を床に押し倒した。いくつもの目と口が入り交じった頭で、こちらを凝視していた。自分よりも大きな体と、その重みに対し、紛れもなく自分は興奮を覚えている。それが性的興奮なのか、殺し合った記憶からくる武者震いに近いものなのかは、判別がつかなかった。なんでもいい。
「こいよ、斧神」
腰巻きを巻いた斧神の足に片足を絡め、親友と目を合わせた。ぬらぬらと光る頭部の中心の大きな眼が、思考を探るように縦に細められる。その手を握り、口を開けた。
「もっとしようぜ」
現実逃避もいいところだ。
過ぎる日々は確実に島の季節を進ませているようだった。庭の雑草取りを終え、家庭菜園の真似事を始めてみた俺の様子を一度雅が見に訪れた。斧神と二人で来て、種に水をやる俺を縁側から楽しそうに眺めた。その種も雅が斧神に持たせたものだ。
「どういった心境の変化だ?」
雅が俺に尋ねた。あぐらをかいた膝に肘をつき、頬杖をついていた。顔にうっすらと笑みを湛えている。
「暇でしかたない」
じょうろから少しずつ種を植えたところに水をやった。雅の背後には斧神が座って控えている。会話に参加せず、一人何かを考えている様子だった。朝から広く白い雲が空を覆っていて、太陽の光が届きにくい午後のことだ。
「新しい遊びを覚えたのに?」
雅に横顔を見られる位置で、畑の畝を見下ろした。俺の全身を舐めるような雅の視線が、土いじりで汚れた体にじわじわと染み込む。くっと笑った。口角を歪め、首を振った。
「知っているのか?」
宿敵を見ると、面白がっているのだろう、目が笑っている。
「お前が褥で可愛いことぐらい、最初からわかっている」
「クソみたいな意見だな。馬鹿馬鹿しいって、貶したらどうだ」
「ハッハッ」
雅が声を出して笑ったので、あんまり驚いてじょうろを持つ手が滑った。慌てて持ち直す。横目で確認すると、白い顔についた赤い口が耳まで裂けていた。鋭い歯がびっしりと生えた恐ろしい歯並びに、噛まれた時のことを思い出して背筋が寒くなる心地だ。
笑いの波がおさまった様子で、楽しそうに目を糸のように細くし、雅が俺を見つめた。頬杖をついた手の、人差し指だけを動かして、トン、トン、と自分の頬を叩いた。
「斧神とのセックスは気持ちがいいか」
今度は手を滑らせなかった。畝に視線を戻し、じょうろを空にした。
「ふざけた事を聞くな」
空のじょうろに水を入れる為、庭の隅にある水道を使った。蛇口がかたい。水道管がややぐらついていた。
「何故?お前が漸く興味を持った事柄だ。私にも聞かせてくれ」
蛇口を捻ったら水がバシャバシャと溢れ出して、じょうろの中で滴がはね返った。くすんだ水道管から流れ出る透明で清潔な水を眺める。曇り空だというのに、シャツの下の体はまだほんのりと汗ばんでいる。
「俺の家じゃないんだ。好きなだけいればいい」
ぎりぎりまで水が溜まったじょうろを片手で持ち上げた。とぷ、と水が揺れる音がした。先ほどとは違う畝のところまで移動し、じょうろを傾けた。
「それでもお前とは話したくない」
雅がまたおかしな笑い方をした。その後ろでは、斧神が自分だけにしか聞こえない音楽を聴いているかのように黙って静かに正座している。庭の立木の葉の色が変わってきていた。
夏が終わりかけになってくると、家族全員で欠かさず行っていた盆の墓参りを思い出す。今年も行けずに終わってしまった。兄貴はもっと行っていない。息子二人が蒸発し、両親が二人だけで墓石を掃除する姿を想像した。考えたくなかった。その空間にまた自分と兄の姿が加わる未来は想像し難かった。
朝方の空気が澄んで、毎日の朝の日の光がぼんやりと白く見え始める。日中は暑く、朝晩は冷える時期だ。昔から季節の変わり目には体調を崩しやすく、しかしこの島に来てからはそれも驚くほどなくなった。凍った池で兄と共に寒中水泳をさせられたことが懐かしい。顔を洗って、洗面所の鏡で自分の意外とやつれていない顔をのぞき込む。師匠や仲間に、どうにかして自分が無事だと伝えたい。
斧神が用意した羽織を着て、トンボが飛ぶ庭で一人畑の様子を見ていると、自分がまるで囲い者のような気がしてくるから奇妙だ。雅は少なくとも斧神を俺の世話係から外すつもりはないようだった。どういうつもりなのかは知らないが、奴は自分の右腕と俺の関係を面白がっているようだ。斧神の話によれば、雅は俺がこの家から逃げ出さなければ、あとはだいたい何をしても構わないようだった。家庭菜園しかり、斧神への誘惑しかり。俺について、斧神は日々簡単な報告をしていると言う。どんなふうに伝えているのかが少し気になった。
「ヤッてる、って、あいつに言ったのか」
太陽が出ているうちから狭い台所でもつれ合い、粘っこい口づけを繰り返す。全開にした台所の鉄格子窓から、時たま気持ちの良い風が吹き込んできた。シンクに体を押しつけられ、肩越しに裂け目のような口とべたついたキスをしながら、もどかしさに腰が揺れた。その腰を斧神の手が捕まえ、後ろからのしかかるように体重をかけられる。
「肉体関係を、持ったとだけ報告した」
「言う必要、あったか」
「ないか?」
電気を消した午後の家の中は時間が止まったようで、俺と斧神の荒い息遣いだけが生き物の気配をこの家に生み出している。衣服越しに大きな手で尻を撫でられると、薄く閉じかけたまぶたが期待で震えた。大きく膨らんだ硬い部分を尻の間に押しつけられ、無意識のうちに足が開いた。分厚い舌が音を立てて口内を荒らす。
絡み合いながら、器用にズボンを下着ごと引きずり下ろされる。充血し、反り返った自身の性器が視界にあらわになった。腰巻を取り払った斧神が俺を抱き上げ、台所の食卓の上に向かい合う形で座らせた。俺のとは似ても似つかない斧神の性器も、硬く勃起し、大きさを主張していた。
「…肉体関係?」
開いた両足を斧神の太い足に絡ませ、下半身を斧神の腰に密着させる。くっつきあった性器から伝わる温度が溶けそうなほど熱い。大きな眼が不気味な動きで俺に焦点を合わせた。その目を見つめ返し、足の裏で斧神の腿の裏側をなぞる。
「何が違う…?」
開いた口から飛び出た舌が俺のあごをべろりと舐めた。あごの骨を舌の先が押し、ざらついた舌の表面が擦りあげるのに、背中がゾクゾクした。斧神の肩を両手でつかんだ。斧神が体を俺の方に傾け、食卓の上に力の抜けた体が倒される。テーブルの脚が軋んだ。
「もう喋るな」
斧神が言った。ごつごつとした手のひらが、互いの性器を包むように握った。他人のものである脈打つ熱い雄に触れられ、自然と吐息がもれ出し、腹の奥を締めつける。
雌雄を決するという言葉があるが、まさに言葉の通り、どちらが受け入れる側をするかといえばまあ体格差からいって自分だろうと思った。それが楽観だと気づいたのは初めて親友が目の前で腰巻を取った時で、その非現実的なサイズに対し、俺は驚きのあまり、行為の最中だというのにまじまじとそれを観察した。見たことはないが、おそらく象の性器が目の前のこのぐらいなのではないかと思う。
好奇心から物はためしにと、いくらか挿入できるか試してみたが、物理的に繋がることは不可能だった。それを惜しいと思うことはなかった。正直、性行為を知らない俺にはどちらでもよかった。ただ、親友の一部を体内に受け入れられなかったことは純粋に残念だと感じた。初めての事はこの男とやってみたかった。
「あんたはした事があるのか?」
俺の問いに、斧神はしばらく考えた末、「ある」と答えた。挿入以外のありとあらゆる淫らな行為を試してみた後で、俺は息が上がっていた。
「今の間は何だ?」
「うるさい奴だな」
倦怠感をにじませ、斧神は仰向けで畳の上に寝そべっていた。全裸で、彼にしてはめずらしい姿だった。およそ怠惰とはかけ離れた男だ。
山羊の兜は居間の食卓の上に安置されており、斧神は全ての眼を閉じて、分身達は落ち着いて静かだった。お互いの体液で汚れた体を清めるそぶりもなく、満ち足りた様子でいた。その姿を眺めていたら、視線を感じたのか、目を閉じた状態で斧神が俺を呼んだ。そばへ寄った。
「…本当に物好きな奴だ」
大きな手が伸びてきて、俺の頭を撫で、汗で湿った髪の毛を梳く。その手が気持ち良くて、上から自分の手を重ねた。一番大きな眼だけが開き、ゆっくりと瞬きをした。
「お前だけだ」
「?」
「こんな姿の俺に、抱かれたいという奴は」
「初めてだ」斧神が呟いた。また聞いていて胸のすき間を風が通り抜けるような、そんな声だった。口を塞ごうと、前かがみになってキスをした。塞げるわけもなかったが、言葉を紡がせないぐらいのことはできる。
低く笑い声をもらし、斧神が俺を身体の上に抱き上げた。キスをしながら、また硬くなりはじめたお互いの性器を擦りつけあう。
「ここに閉じ込めていれば安心」だとは露ほども思っていないようで、全く信用されていないのが逆にさっぱりしていて清々しかった。どれだけ快楽を分かち合い、体を重ねようと、男が俺のことを欠片ほども信じていないのがわかるから、気が楽だ。それと同じだけの寂しさが庭の畑の土を柔らかくし、緑を育てていく。おかしな話だ。現実逃避をしているのか、それともこれを現実にしたいのかが、わからなくなってくるのだった。
激しい律動に椅子が倒れ、テーブルが軋んだ悲鳴をあげる。食卓と斧神の体に挟まれた体勢で、密着した腰をしつこく動かされると、快感で頭の前のあたりがぎゅうっとした。斧神の首のあたりに腕を回し、両足をますます強く相手の腰に巻きつけた。巨大な体躯が俺を押し潰さんばかりにテーブルに押しつけ、運動を激しくする。
「あっぁっ、あっ…」
その腰が力強く叩きつけられるたび、抑えきれない声が口から漏れ出した。大きな体にのしかかられて、猛る雄にぶつかられると、どうしても我慢ができずに声が出てしまう。テーブルが揺れる音に合わせて、それはとてつもなくいやらしい響きを伴って自分の耳に届いた。
二本の性器を握った斧神の手が、わざと俺の方だけの先っぽを親指で擦った。腰が砕ける快感とぬるついた感触に、たまらず斧神の名前を呼んだ。自分の声が震えている。
「そう、善がってくれるな」
目をきつく閉じて、燃えるような息を吐いた。下半身と頭が同時にとろけてなくなりそうな気がした。斧神が笑みを浮かべているのが気配でわかる。縦に割れたあの口が笑うところを見たかったが、とてもじゃないが目が開けられない。
唇に濡れた感触を感じて、反射的に口を開ける。ぶ厚い舌が入り込んできたのがわかって、自分の濡れた舌を深く絡めた。舌先が斧神の歯をかすめた。上から唾液が垂れ落ちてきて、頬を濡らす。
「ン…、く…」
喉に流れ込んだ唾液をごく、と飲み込んだ。粘り気のある他人の唾液が喉を落ちて、饐えた匂いが鼻の奥まで上がってくる。涙目になっているのがわかった。
「…ぁ、はあ、ぅ」
限りなく捕食に近いキスが途絶え、また揺さぶりが再開される。テーブルに手をつき、高い声をあげて身悶えする俺の体を、斧神は自分の巨体で押さえ込むようにして身動きをとれなくした。そうされると、毎回、自分には「これ」以外どこにも逃げ場がないように錯覚した。そんなはずがないことを知っていて、脳が都合のいい誤作動を起こした。
性器が脈打ち、もっともっとと、刺激を求める腰を浮かせて斧神の手のひらに押しつける。それに応えるように、硬い指先が雁首の部分を強くこすった。こすりながら腰を前後に振られ、強烈な快感に相手の張りつめた肩を抱いた。
「〜〜ッ」
全身で巨体にしがみつく。
「ふ…ん…っ…んっ、ン…」
びゅ、びゅく、と斧神の腹に吐き出した精がかかった。白濁色の精液が鍛え上げられた腹筋に散った。絶頂に軽い痙攣を起こしながら、斧神の体を両腕できつく抱きしめる。震えた唇を、湿った指先がなぞった。出している最中も気持ちが良くて、顔が火照って、熱い。
夢の中にいるみたいだった。
これまでの全てが夢で、今はただ眠っているだけ、本当の体は別の場所にあって、そこで自分は仲間達とともに長い眠りに浸かっているだけであるのだと。そう思えたら、心から楽になることができるだろう。すべてが夢で、本物ではなく、すべては偽物で、何もかもがまぼろしであると思うことができれば。
もらうもの、与えたもの。想いが動いていく事。全部に見ないふりをして、蓋をするのは容易な事ではない。自分の感情と考えが逆方向に向かうのは、一体どういう事なんだろうか。親友と交わる間、背後からもう一人の自分に刃物を突きつけられている。名前のつけられないその鋭い刃が、背中の肉に食い込むのを感じる。
夕方、裸に羽織だけを引っ掛け、サンダルを履き、門をくぐって外に出た。夕暮れ時で、顔を上げると、夏の終わりにふさわしい紫色がかった乾いた空が、近くの山向こうまで広がっていた。ぬるい風が羽織をはためかせ、性交後の倦怠感に支配された体をなぶる。やがて日没を迎え、薄い色をした空が徐々に暗くなっていくのを黙って眺めていた。
周囲の家々も、田んぼの間を通る道も、あたりには人気がなく、ほぼ全裸でいる俺のことを誰も咎めない。カナカナカナ…、とどこかでひぐらしが鳴いていた。その鳴き声は本土と変わらず、夏が終わる知らせを昔から俺達に教えてくれた。
「…」
振り返り、家の方を見た。目を覚ました斧神が、姿の見えない俺のことを呼んでいるのがわかった。手で羽織の裾をかき寄せる。股の間がすうすうする。家じゅうのドアを開けて俺を探しているだろう男の姿を想像したら、胸がぎゅうっと締め付けられるような心地がした。
家に戻ろうと、道の上でサンダルの足を動かした。暗くて、足もとがおぼつかない。山の影が暗い空と混じり合い、遠目には境目がわからなかった。夜の始まりの暗闇の中で、灯った家の明かりが道標のように、そこだけぽっかりと明るかった。
門をくぐる直前で声をかけられた。
「そんな格好でおもてにでるな」
頭が認識するよりも、振り返る方が早かった。暗闇で声がした方を凝視した。こちらから見て左手、家を囲む塀と一体化するように、兄貴が塀を背に寄りかかっていた。
声を出すべきではないことぐらい、俺にもわかった。それでも口からこぼれ出てしまった。
「どこに……」
兄貴が首を横に傾け、俺を見つめた。眼鏡の奥が細められているのを、記憶から知っていた。柔らかくて、優しい視線が、俺の体に異常がないかどうかを見て確かめている。視線で探られる感覚が、たまらなく懐かしかった。
再会の喜びで、気がついたら兄を抱きしめていた。
「お兄ちゃん…ッ」
抱きしめ返される感触があり、目の奥がじわりと熱くなる。兄の体をかき抱いた。嗅ぎ慣れた兄の匂いに、鼻がツンとした。耳のそばで聞こえる息づかいが、繰り返し記憶から思い起こし続けたそれで、こらえきれずに嗚咽がこぼれた。
兄貴の手が俺の頭を引き寄せ、自分の肩に押しつけた。声が兄の肩に吸い込まれる。
「あいつが出てくる」
嗚咽の度に体が小さく揺れ、兄にしがみつく力を強くした。兄貴はものすごく小さな声で話した。
「その前に行く」
「嫌だ、ここにいてくれ」
涙が頬を伝う前に、兄のレインコートを濡らした。手が俺の後頭部を撫で、指が髪をすく。その感触に胸が張り裂けそうだ。
兄貴が俺の両肩を掴んだ。
「すまん。お前の顔が見たくて」
その言葉が涙腺を決壊させた。泣きじゃくる俺を引き剥がすようにして、兄貴は俺から離れた。その力が強くて、一瞬子供みたく大声でわめきたい衝動にかられる。涙でぐしゃぐしゃの顔で兄貴と目が合った。
足音もなく兄の姿が遠ざかっていき、その姿がどこにも見えなくなっても、俺は兄貴を追いかけることはしなかった。ただただ兄が恋しくて、家の外でしゃがみこんで泣いていたら、玄関の扉が開く音がして斧神が出てきた。
2016.9.8