その晩、妙な夢を見た。
歩いてきた男が何かを落としたと思ったら、それは私の足首だった。なぜか私のものだとすぐにわかった。親指が左側にあることでそれが裸足の右足だと気づいた。一体どうして私の足首を持ち歩いているのだ、この男は。
私は足元を確認した。黒い革靴のつま先。自分の足はここにある。
男は足首を拾いあげると、道筋を変えずに進んでいこうとした。右腕がない。中身のないコートの袖が居どころなさげに垂れ下がっている。
「おい」
男を呼び止めた。顔が見たかった。もうずっと、その顔を見ていない気がした。伸ばした右手で肩に触れた。
手が振り払われる。めげずにもう一度、今度は肩を強くつかんだ。
立ち止まった男が肩越しに振り返る。
「どこにいる」
日に焼けた黒髪が揺れ、額を覆う前髪の隙間から、あの黒目がちな目がのぞいた。暗い場所でものを見るような目が。一秒でもいいから長く見つめていたい。
その頃には、目の前にいる相手が夢のなかの影のようなものであると、とうに気づいていた。あと数秒で目が覚めるに違いなく、まぶたが開いたらきっと世は朝だろう。しかしその数秒は数分であるかもしれないし、いまだ辺りは夜なのかもしれない。
どちらにせよ声が聞きたかった。
「それは私の足首だろう」
男と視線が合った。左手で足首の関節あたりを握り、少し眉が上がっていた。驚いた表情だ。
向こうの手におさまっている己の足首にちらっと目をやる。
相変わらず、みっともないほど色素の薄い足だ。
「これを持っていけば、入り込めるんだよ」
素早く顔を上げた。
「あんたの息子のとこに」
明がしゃべる。
ぶっきらぼうで、以前と変わりない声だった。どこか不貞腐れているようにも聞こえるその声の感じが、あまりにも耳に懐かしかったので、私は少し驚いた。
「なにしろお前の足首だ…」
「今どこに居る」
明が私を見た。私は固まっている。確信している。今動いたら、己は目を覚ます。
神経、筋肉の端々まで緊張させ、幻を繋ぎ止めていようとしている。もう足首などどうだっていい。
「どこに居るのか言え」
石像になった私の前で、明はただそこにいた。わずかに口が開いていた。以前よりも痩せてはいたが、顔面を斜めに走る長い傷あとが男の童顔をけわしい顔に見せていた。そこで初めて顔の傷に思い至った。
そうだった。この顔の傷は。
明の声には、呆れと脱力感がにじんでいた。
「お前が、どこに居るんだよ」
そこで目が覚めた。
錆びついた体に、油が注した。
2021.2.18
雅の足を兎の足がわりに持ち歩く明可愛いよねっていう話です。