※Xクランクアップという謎設定での打ち上げ宴会。斧明成分あり。やりたい放題やってます。
「えー、それでは、みなさん。お疲れさまでした」
グラスを手に持つ明は、それきり言うことがなくなって、十六畳はあろう座敷を困った表情で見回した。全員が明のことを見ていた。見られていることで、その眉が八の字に下がる。注目を浴びるのは苦手だ。
上座に座る雅が笑みを浮かべた。
明は空いている片手で頭を掻いた。
「あー、無事に終わってよかったと思う。とりあえず、なんだ、まあ、今日は食べて、おおいに飲んでくれ。以上!」
「挨拶が短いぞ!」
「うるさい。いいんだ」
女性陣がクスクスと笑いをこぼす。
「じゃあ、雅」
明の声に、上着の裾を払い、雅がその場に立ち上がった。
「同族達、人間ども。御苦労だった。今夜は無礼講でやろう」
猪口を掲げ、雅が優美に微笑んだ。機嫌がよかった。ただでさえ距離のあるグループを、その笑みでさらに互いの空間を広げている。
男がとうに飲みはじめていたことを、明は知っている。
雅の隣に座る斧神が身じろぎした。
「今日ぐらいは、仲良く酒を飲もうではないか」
雅はまったく正気である。この場にいる全員を潰しても、きっとほろ酔いにもならない。
酒に酔えるお前たちが羨ましい。雅は腰に片手を当てた。
「それでは」
乾杯!
金剛はビールの入った大ジョッキをものすごい勢いで端から空にしている。また一杯、不満げにジョッキを空にした。
「わからん。なぜ俺には台詞がなかったのだ」
「アドリブで何かされちゃ、困るからじゃないのか」
「お前との会話も無かったぞ」
明は軽く肩を持ち上げた。グラスに入ったオレンジジュースをちびちびと口にしていた。最年長の男が許さなかったために、未成年者はソフトドリンクを飲まされているのだ。
「べつに、酒ぐらい本土で飲んでいたよ」
「未成年者は黙っていろ」
「おお、斧神。貴様は台詞をもらえていたな。狡い男だ」
「知らん。俺が決めたことではない」
明の隣、金剛とは反対側に座った斧神は、山羊の兜の口部分から瓶ビールをラッパ飲みした。金剛がうらめしそうに男を見る。
明はといえば、山羊の面の下が気になる。
「なあ。それどうやって飲んでるんだ?」
「秘密だ」
斧神が箸を取った。ここに落ち着くことを決めたようで、座布団の上にあぐらをかき、箸を持つ手を伸ばして、豪勢な刺身を山羊の口の中に運んだ。明はその様子を横から眺めている。
咀嚼する男の喉の奥から笑い声がもれた。
「…悪いことを考えているな?」
好奇心が抑えきれずに、明は山羊の口に右手を突っ込んだ。斧神が空いた腕で明の体を抱えた。
「下半身がないのに、その酒はどこに入るんですか」
訊かれて、篤は自分の体を見下ろした。先ほどから銚子をスイスイと空けていたが、確かに、飲み干したこの水はどこへ行くのだろう。
異次元?
「……さあ?」
西山とポンは奇妙な面持ちで幼馴染の兄の体を見た。腹の下あたりから、透けて見えなくなっている。
「酔わないんですか」
「もともと、そこまで弱くはなかったしなあ」
「めっちゃ便利じゃないすか」
加藤が目を輝かせた。
「でも、そんなのちっとも面白くないわよ」
冷が唇を尖らせた。
細い指先が持つワイングラスに、ユキがスパークリングワインを注いだ。冷が薄桃色の飲み物をくぴりと口にする。
その顔がぱっと明るくなった。
「ユキちゃん、飲んでみて。これ、とっても美味しいわ」
「ダメですってば」
「あの男の言うことは放っておけばいいのよ。現代人と違って、考え方が古いのよ」
「聞こえたぞ!」
雅の声を無視し、冷はグラスにシャンパンを注ぎ足す。
「どうせ、みんな本土で飲んでいたんでしょう。ほら、ほら飲んじゃいなさい」
「やったー」
加藤がこそこそと座敷の奥の瓶ビールをくすねに向かう。
「冷。あんまり飲ませすぎるな」
「大丈夫よ、お父さん」
冷は長い髪を縛った。目がキラキラしていた。
「なんてったって、今夜は無礼講だもの」
座敷の白い猫又に冷が飲みくらべを挑んだその横で、座布団を枕にしたケンはいびきをかいて眠っている。上等な魚料理を食い尽くし、満足したのだった。
次々と消費されていく酒瓶を片付けながら、サンピン連中は一刻も早くこの宴が終わることを望んでいる。
「雅様はともかく、あの小僧がいちゃあ、全然落ち着かねえ」
「また首を落とされたら、たまったもんじゃない。とっとと終わらせて、帰りたいぜ」
「全くだ」
「俺たちも同じ気持ちだ」
ハッと振り返ると、カラフルな装束を身に纏った村人達がいる。追加の酒を持ってきたのだ。
「お前ら、まだ忍者の格好してんのかよ」
「なにしろこういうキャラクターだからね」
「メタ発言はやめてくれ」
「モブは宴会への参加権がないからな」
「明さん…なぜあんな男と…」
一同が同じ方向を見た。レジスタンスのルーキーが山羊男に跨がって陽気に笑っている。ビール瓶に直に口をつけて飲む明から、斧神が瓶を奪い取ろうとした。
「斧神様! なんてこったあのガキ!」
飛び出した吸血鬼が何かに蹴つまずいて派手に畳の上を転がった。
たらふく食べて飲んだ金剛が大の字になって寝ている。
白い猫又兼、白い悪魔兼、年寄り兼、化石兼、雅に勝負を挑んだ冷は赤ワインの瓶を持つ手を振り下ろした。雅がその瓶を片手で受け止め、意地の悪い顔つきで笑った。
「敗色が濃くなると、今度は暴力に出るのか」
「こんなのキリがないわ」
冷が雅を睨みつけた。
雅がからからと笑った。
「それはそうだ。しかし私は酔い潰れたりしないぞ」
「私を生き返らせてよ」
「なぜそれを私に言う?」
「あんたができるからよ」
新しい銚子を手に取り、雅が猪口に透明な液体を注ぐ。とくとくと注がれていく液体を冷も見ていた。
「私は神ではないよ」
雅が呟いた。
背後からぶつかってきた何かの衝撃で、雅の手から猪口が転げ落ちた。
畳に這いつくばり倒れた雅の上で、重なって倒れた明がうめく。斧神にぶん投げられた勢いと酔いで、頭がぐらついた。
男の背中を踏みつけ、明が立ち上がった。雅が唸った。
「何しやがる…」
「いい加減にしろ。酔いすぎだ」
「酔ってないっつってんだろ」
明が踏みつけた足に力を入れた。雅の胴体が軋む音がする。
「おい、どけ、明」
「酔ってないって……」
ふらつく体に、赤い顔をして、明は額を覆った。
冷が水を持ってこようと部屋を出た。
「おい、貴様」
踏まれた状態の雅が明の足を掴んだ。赤い顔が今度は一気に青ざめる。
察した斧神が咄嗟に手を差し出した。間に合わなかった。
「おえええ」
一同は雅の二度目の叫び声を聞いた。
2017.10.20
空きっ腹に飲み過ぎは本当に胃に悪いという話。
X雅はわりと巻き込まれ体質なくだけた印象。明とずっと夫婦漫才やっててほしい。