闇の鍋パ

※謎空間。

 いつものように鍋をするべく集まった男たちであったが、今日は少し面子が違った。最高指導者の隣で先ほどからだんまりを決め込んでいる男は、隙あらばと横の白い首を狙っていたおかげで刀を取り上げられてしまい、することがなくなった様子で座卓にのったおしぼりを転がしている。おしぼりは雅のぶんと合わせて二枚丸めてある。嫌がらせである。
 「そろそろいいだろう」玉杓子を手に篤が言った。その言葉に、くつくつと煮える具材を眺めて、鍋を囲む面々を見渡し、うなずいた雅は最後に、隣でおしぼりをいじっている子どもを見た。黒目がちな目が不満げに雅を横目で見た。

「刀、返せよ」

 一人だけ、人間が混じっているのであった。

 近頃は日が暮れると空気が一気に冷え込んで、こうも寒くちゃ、つま先がつめたくってしようがない。しかしここは屋敷の一角、室内は火があるおかげで暖かい。図体のでかい化け物ばかりが集まれば、さらに室温は上昇傾向。

「それにしても足りるのか」

 くたりとした春菊を口もとに運び、姑獲鳥は器用にくちばしを動かして熱い葉物を咀嚼する。弟の皿をせっせといっぱいにしていた篤がうなずいた。第一陣の食べ物は空になりつつある。

「じゃんじゃん追加を持ってこいと言付けてある」
「ほう」
「追加お持ちしましたァ!」
「おお」

 座敷の端に現れた補給部隊たちは恐怖を隠しきれずに震えている。くじ引きで選ばれてしまったあわれな連中だ。
 斧神は兜越しに追加分をじっと見つめた。

「ホッケをくれ」
「ひゃ、ひゃいっ」

 噛んだ。

「おい、魚などいれるんじゃない。牡丹だ」
「口を出すな」
「味が変わるだろうが」

 山羊の眼が横の金剛を凝視し、金剛は同輩を見返す。
 両腕の沈黙は編笠を殺す。

「な、鍋を、もっ、もう一つ、用意してはいかがでしょう」
「そうだな」

 この闇の宴に補給部隊として選ばれた自分はきっとここで死ぬのだ、といつも皆感じるが、今のところこの宴で死んだ(消失した)者はいないので、とりあえずこの幹部連中が皆おそろしいだけなのだった。

「退屈か」
「……べつに」
「酌をしてくれ」

 黒髪の隙間から鋭い視線が飛ばされる。

「冗談だ」

 熱燗のにおいが互いの間を通った。白い前髪が額にかかる。徳利から猪口に酒を注ぐ手は、もっと白い。
 黒い礼服の裾が畳に伸びている。座敷は明るく、部屋は暖まっており、二人の膝と膝は拳二つぶん離れていた。明は箸を手に取った。

「鍋とか…お前らに意味あんの」

 猪口に口をつけた雅は目を細めた。
 明は火の上の鍋しか見ていなかった。そうするように努めていた。

「真似事でも、真剣に取り組めば、また違った趣があるものだ」

 数秒の間を置いて、雅がつぶやいた。低く、深い声が穏やかに明の鼓膜を振動させた。
 明の箸が豆腐を二つに割った。白い豆腐はほろほろともろく崩れた。

「真似事だが」

 湯気の立つ豆腐は熱くて、喉を滑り落ちていっても、まだ内臓を痛みで焼く。

 酔いつぶれた弟を抱きかかえ、篤が部屋を出て行くと、室内が急に生気を失ったように感じられる。いつも、そう感じる。物の場所、時間帯、光、季節、何一つ、その子どもを除けば変わらないのに、どうしてここまで見るものは色を変えるのか。己にはわからない。
 自身の人生がそれ無しで歩んできたものだということを、たまに忘れかける時がある。そういう時、奇妙な感覚が雅の胸のあたりを包む。
 色素の薄い皮膚の下で。冷たくかたい骨の下で。

「腹が減ったな」

 凍てついた暗闇を照らし出す弱い火。雪山に灯る馬上の明かり。

「はい」

 誰かが立ち上がった。

2018.11.3

雅と斧神は肉より魚派だと思う。